恋は手のひらの上で

「西野さん」

椎名さんが続けた。はっと我に返る。

「表示表記の最終確認は終わっていますか?」

私はどこだっけ、と資料をめくる。

「あ、はい。薬機法のチェックは通っています」

「セラミド三種配合の表現は?」

「“角層バリアをサポート”にしています」

椎名さんはうなずいた。

「問題ないですね」

あとは、と彼がパソコンの画面を注視し、口元に手を当てる。

「サンプルはいつから配ります?」

「来週からバイヤー向けに出す予定でいました」

「いいですね。順調です」


椎名さんは資料を閉じ、すっきりした表情でノートパソコンも閉じてしまった。


会議室に、ふっと静かな空気が落ちる。

さっきまで話していたのは、全部仕事のことだった。

発売スケジュール。
初回ロット。
販促のコピー。


でも今は、もう話すことがない。


私は資料をまとめながら、ふと顔を上げた。

椎名さんは、まだ椅子に座ったままだった。
パソコンを閉じたあと、そのまま動かない。
まだなにか考えているような顔をして、どこかを見ている。