恋は手のひらの上で

「お疲れ様です」

彼の落ち着いた声は、いつも通りだった。
なのに、なぜか少しだけ近く聞こえる。

「お疲れ様です。こちらまで来ていただいてありがとうございます」

「いえ、すっかり慣れました」


こっちはいまだに東央ヘルスケアに行くと緊張するというのに、彼はアウェイなはずのうちの会社に来ても平然としている。

経験値の差なのか、余裕のあらわれなのか。

胸の奥が、妙に落ち着かない。


視線が、つい動く。
スーツの肩のライン、ネクタイの結び目、指先。


この手。
一番最初に見たときも、そう思った。

名刺を差し出された時に、最初に目に入ったのはこの手だった。

相変わらず、きれいだ。


─────なに見てるの、私。

慌てて視線を戻す。


椎名さんは、そんなことには気づいていない顔で完全に仕事の声で言った。

「商品化が正式に決まりましたので」

少しだけ間を置く。

「発売スケジュールの最終確認をしておこうと思います」

私は小さくうなずく。

「はい。あと少しですね」

「ですね」

ふわりと笑う彼の笑顔を見て、またどきっと胸が跳ねた。


彼がうちの会社に来ると見物人も増える気がして、私は足早に会議室へ彼を促した。