恋は手のひらの上で

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東央ヘルスケアのフロアは、夜になると急に静かになる。
昼間は人の出入りが絶えなかった廊下も、今は足音ひとつ響かない。

会議室のガラスの向こうに、夜の街の灯りが広がっていた。


私は資料をテーブルいっぱいに広げたまま、ノートパソコンの画面を見つめる。

明日の役員会議。
ここで、この企画が通るかどうかが決まる。

正直、怖い。


「西野さん」

顔を上げると、椎名さんが紙コップを差し出していた。
「コーヒー、どうぞ」

「ありがとうございます」

受け取ると、淹れたてだからか熱い。

椎名さんは私の向かいの席に座り直す。

「少しだけ、確認しておきましょう」

「はい」

私は手元の資料をめくった。
椎名さんがスライドを軽く指で示す。

「導入のところ」

「導入?」

「はい」

画面の一枚目、製品コンセプトのスライド。

「西野さん、たぶんここで少し迷いますよね」

見抜かれているみたいで、思わず苦笑してしまった。

「分かりますか?」

「はい」

椎名さんは静かにうなずいた。

「技術の話を先にするか、コンセプトから入るか、迷ってませんか?」

話してもないのに、彼の言う通り、まさにそこが迷いどころだった。


「私はいつも、技術から話したくなるんです」

「研究職の人はそうですよね」

少しだけ彼の口元がゆるむ。そしてスライドを軽く叩いた。

「でも明日は、先に“誰のための処方か”を言った方がいい」

コンセプトから先に、だ。
分かりました、としっかりと資料に書き込む。

「都市生活者の肌ストレス対策、ですね」

「そうです。そのあとで技術を出した方が、役員は理解しやすい」

それに、と付け加える。

「処方そのものはほぼ固まっています。明日は、商品として通すための最終確認みたいなものです」