ただそこに愛があるなら

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

エントランスで見送ってくれるスタッフに、絵美梨と要はお礼を言う。

「心のこもったおもてなしを、ありがとうございました」
「こちらこそ。大切な日にお越しいただき、ありがとうございました。お誕生日、おめでとうございます。またのご来店を心よりお待ちしております」
「はい、またうかがいます」

挨拶すると、要は絵美梨の手を取って歩き出す。

「お嬢様、足元お気をつけて」
「ありがとう。ねえ、緋山」
「はい、なんでしょう?」
「少しだけ、海を見に行かない?」

え?と要は、絵美梨の顔を覗き込んだ。

「本当に?」
「ええ。あそこに階段があるでしょう? 下まで降りてみたいの」

そう言うと絵美梨は、スタスタと階段に向かって歩き出す。

「待ってください。お嬢様、本気で?」
「当たり前でしょ? なにをそんなに驚くことがあるのよ。あっ、やっぱり波打ち際まで行けるみたいよ」

軽やかにトントンと階段を下りる絵美梨を、要は急いで追いかけ、その手を取った。

「危ないですから、しっかり握ってください」
「平気よ。わあ、砂浜!」
「お嬢様! 靴が汚れてしまいます」
「靴は汚れる為にあるのよ」

今夜の絵美梨は、どうにも手に負えない。
ヒールのあるきれいなシューズで砂浜を歩こうとする絵美梨を、要は後ろから一気に抱き上げた。

「ひゃっ、なにするのよ?」
「砂に足を取られて、挫いてしまってはいけませんので」
「そんなに子どもじゃありません。下ろして!」

ジタバタと暴れる絵美梨を抱いて、要は波打ち際まで進む。

「ここでよろしいですか?」
「あ、ええ」

要は海水がかからないよう、少し手前でそっと絵美梨を下ろした。

「……波の音がするわね」
「そうですね」

サザーッと寄せては返す波の音に、二人で言葉もなく耳を傾ける。

「夜の海って、不思議。違う世界に引き寄せられそう。真っ暗でなにも見えなくて」
「怖いですか?」
「少しね。でも緋山がいるから平気」

そう言って要に笑いかけた絵美梨が、くしゅんとくしゃみをした。

「お嬢様」
「ん? なに」

振り返った絵美梨を、要は自分のコートで包み込むように後ろから抱きしめた。

「あったかい……。カンガルーのポケットみたい」
「ははっ、いいですね。これならじゃじゃ馬なお嬢様を、いつも捕まえておける」
「馬じゃないわ、カンガルーよ」
「はいはい。それでは私は、カンガルーのお母さんですね」

すると絵美梨は首をそらして、真下から要の顔を見上げる。

「ねえ、緋山。これって、バックハグ?」

はっ!?と要は、不意打ちを食らって固まった。

「前にね、乃亜ちゃんたちが話してたの。バックハグと頭ポンポン、どっちをされるが好きかって。みんな、『選べないー、どっちも好きー』って悶えてたけど、そんなにいいものなの?」

そう言うと絵美梨は前を向き、おもむろに右手を自分の頭にポンポンと置く。

「うーん、なんだか身長を測ってる感じ。これのどこがいいのかしら。私、やっぱり女心が分からないのね」

小さくため息をつく絵美梨に、要はしばし考えてから腕を解く。

そしてもう一度、今度は絵美梨の胸元に両腕を回して、後ろからギュッと抱きしめた。

「え……」

腕の中の絵美梨が、息を呑んで身を固くする。

要は絵美梨を抱きしめたまま、右手を絵美梨の頭に優しくポンポンと置いた。

「これがバックハグと頭ポンポン」

耳元でささやくと、絵美梨の頬が熱を帯びるのが分かった。

「どっちが好きですか?」
「え……、選べないわ」
「それなら乃亜さんたちと同じですね。お嬢様も、ちゃんと女の子です」
「そ、それは、よろしゅうございましたわ」

要が腕を解くと、絵美梨は胸に手を当てて深呼吸する。

「そろそろ戻りましょうか。身体が冷えてしまいます」
「そうね」

歩き出そうとする絵美梨を、要はまたしても抱き上げた。

「ちょ、歩けるから!」
「だめです。お嬢様、しっかり私の首に掴まっていてください」
「無理に決まってるでしょ!」

身体が冷えるどころか、ますます真っ赤になる絵美梨を、要は涼しい顔で抱いたまま車に戻った。