「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。あら、由美さん!」
数日後、戸川に連れられてやって来たカップルの後ろに由美の姿を見つけ、絵美梨は驚く。
「お久しぶりです、絵美梨さん」
「お久しぶり。お元気そうね。今日はどうしたの?」
「カップルのお二人がとても緊張するのことで、戸川社長からお声掛けいただいて、今日だけ私が付き添うことになったんです」
「そうだったのね。お会い出来てとっても嬉しい!」
他のスタッフも「由美さん!?」と集まって来て、再会を喜ぶ。
絵美梨は改めて戸川に向き直った。
「戸川社長、お久しぶりです」
「こんにちは、絵美梨さん。緋山さんのことでは、大変ご迷惑をおかけしました」
戸川は絵美梨の後ろに控えていた要にも、深々と頭を下げる。
「戸川社長、本当に私のことはもうお気になさらず。では早速ご案内いたします」
カップルと由美は、絵美梨とテーブルでにこやかに打ち合わせを始め、要は少し離れたソファに戸川を促した。
「絵美梨さんは、まるで気にも留めていないのでしょうね。私だけが引きずっている」
コーヒーを運んで来た要は、え?と顔を上げた。
戸川は笑顔の絵美梨を、複雑な表情で見つめている。
「清々しいほどかっこいいな、絵美梨さんは。私は自分のことがひどく女々しく感じるよ。彼女を幸せにする資格はない。『君の幸せは俺が保証する』と、よくそんなことを恥ずかしげもなく言ったものだと自分に腹が立つ」
うぐっ、と要は言葉に詰まった。
(君の幸せは俺が保証する? そう言われた時のお嬢様の様子が目に浮かぶ)
きっと能面のように冷めた切った表情を浮かべただろう。
絵美梨は、中身のないキザなセリフや、形だけの妙にかっこつけた振る舞いが大嫌いなのだ。
(だが、だからといってビジネスの場でも戸川社長を毛嫌いして、冷たくあしらうことはしない。それが絵美梨お嬢様だ)
要は絵美梨を改めて誇らしく思った。
「緋山さん」
「はい」
戸川はスーツの内ポケットから小さなカードを取り出して、要に差し出す。
「これを絵美梨さんに。以前一緒に行ったグランメゾンの紹介カードです。これがあれば絵美梨さんも会員登録出来る。それからこれは、ペアのディナーチケット。お二人で行ってきてください。心ばかりですが、今回のお詫びに」
「そんな……。でしたら戸川社長から直接お渡しください」
戸川は、自嘲気味に笑って首を振る。
「合わせる顔がないんだ。自分に自信が持てない。絵美梨さんは私のことを軽蔑しているだろう?」
「そのようなことはございません。松島は、気が合うとか合わないといったことはあれども、人を軽蔑したり見下したり、完全否定することはしません。負の感情からは、プラスのものは生まれない。笑顔を忘れず明るい思考を大切にすれば、自然と周りとの繋がりも上手くいく。そう考える人なのです」
「負の感情からは、プラスのものは生まれない……」
戸川は噛みしめるように要の言葉を繰り返すと、ふっと笑みを浮かべた。
「あなたは2年前に絵美梨さんの秘書になったのですよね?」
「はい、そうです」
「とてもじゃないが、2年のつき合いだとは思えない。そうだろう?」
要が口を開こうとすると、戸川は手で遮った。
「いいよ、分かるから。絵美梨さんと結ばれるべき相手は君だ」
「めっそうもない。私は単なる付き人にすぎません。身分の違いはわきまえております。ご冗談でもそのようなことは……」
「じゃあ君は、絵美梨さんの幸せを望まないの?」
「いいえ、もちろん心から望んでおります」
真剣にそう言うと、戸川は小さく呟く。
「……罪なことを」
「え?」
戸川はじっと絵美梨を見つめてから、なにかを決意したように表情を変えた。
「私は彼女を幸せにしたい。その為に、君の本気を引き出してやる」
要はますます首をひねる。
戸川はそれ以上はなにも言わずに、コーヒーを口にした。
数日後、戸川に連れられてやって来たカップルの後ろに由美の姿を見つけ、絵美梨は驚く。
「お久しぶりです、絵美梨さん」
「お久しぶり。お元気そうね。今日はどうしたの?」
「カップルのお二人がとても緊張するのことで、戸川社長からお声掛けいただいて、今日だけ私が付き添うことになったんです」
「そうだったのね。お会い出来てとっても嬉しい!」
他のスタッフも「由美さん!?」と集まって来て、再会を喜ぶ。
絵美梨は改めて戸川に向き直った。
「戸川社長、お久しぶりです」
「こんにちは、絵美梨さん。緋山さんのことでは、大変ご迷惑をおかけしました」
戸川は絵美梨の後ろに控えていた要にも、深々と頭を下げる。
「戸川社長、本当に私のことはもうお気になさらず。では早速ご案内いたします」
カップルと由美は、絵美梨とテーブルでにこやかに打ち合わせを始め、要は少し離れたソファに戸川を促した。
「絵美梨さんは、まるで気にも留めていないのでしょうね。私だけが引きずっている」
コーヒーを運んで来た要は、え?と顔を上げた。
戸川は笑顔の絵美梨を、複雑な表情で見つめている。
「清々しいほどかっこいいな、絵美梨さんは。私は自分のことがひどく女々しく感じるよ。彼女を幸せにする資格はない。『君の幸せは俺が保証する』と、よくそんなことを恥ずかしげもなく言ったものだと自分に腹が立つ」
うぐっ、と要は言葉に詰まった。
(君の幸せは俺が保証する? そう言われた時のお嬢様の様子が目に浮かぶ)
きっと能面のように冷めた切った表情を浮かべただろう。
絵美梨は、中身のないキザなセリフや、形だけの妙にかっこつけた振る舞いが大嫌いなのだ。
(だが、だからといってビジネスの場でも戸川社長を毛嫌いして、冷たくあしらうことはしない。それが絵美梨お嬢様だ)
要は絵美梨を改めて誇らしく思った。
「緋山さん」
「はい」
戸川はスーツの内ポケットから小さなカードを取り出して、要に差し出す。
「これを絵美梨さんに。以前一緒に行ったグランメゾンの紹介カードです。これがあれば絵美梨さんも会員登録出来る。それからこれは、ペアのディナーチケット。お二人で行ってきてください。心ばかりですが、今回のお詫びに」
「そんな……。でしたら戸川社長から直接お渡しください」
戸川は、自嘲気味に笑って首を振る。
「合わせる顔がないんだ。自分に自信が持てない。絵美梨さんは私のことを軽蔑しているだろう?」
「そのようなことはございません。松島は、気が合うとか合わないといったことはあれども、人を軽蔑したり見下したり、完全否定することはしません。負の感情からは、プラスのものは生まれない。笑顔を忘れず明るい思考を大切にすれば、自然と周りとの繋がりも上手くいく。そう考える人なのです」
「負の感情からは、プラスのものは生まれない……」
戸川は噛みしめるように要の言葉を繰り返すと、ふっと笑みを浮かべた。
「あなたは2年前に絵美梨さんの秘書になったのですよね?」
「はい、そうです」
「とてもじゃないが、2年のつき合いだとは思えない。そうだろう?」
要が口を開こうとすると、戸川は手で遮った。
「いいよ、分かるから。絵美梨さんと結ばれるべき相手は君だ」
「めっそうもない。私は単なる付き人にすぎません。身分の違いはわきまえております。ご冗談でもそのようなことは……」
「じゃあ君は、絵美梨さんの幸せを望まないの?」
「いいえ、もちろん心から望んでおります」
真剣にそう言うと、戸川は小さく呟く。
「……罪なことを」
「え?」
戸川はじっと絵美梨を見つめてから、なにかを決意したように表情を変えた。
「私は彼女を幸せにしたい。その為に、君の本気を引き出してやる」
要はますます首をひねる。
戸川はそれ以上はなにも言わずに、コーヒーを口にした。



