ただそこに愛があるなら

「絵美梨さん、お先に失礼します」
「はーい、気をつけて帰ってね」

営業時間を終え、片づけを済ませると、次々とスタッフが退勤する。

残されたのが二人だけになると、要は絵美梨に声をかけた。

「社長もそろそろお帰りになった方が。もう21時を過ぎています」
「んー、あと少し。これだけやっておきたいの」
「ですが、夕食もまだですし」

絵美梨はパソコンに集中して、それ以上なにを言っても聞こえていないらしい。

要は小さくため息をついてから、スマートフォンでデリバリーの食事をオーダーする。

しばらくして届いたスープやローストビーフ、サラダにフルーツなどを、要はデスクに並べた。

「社長、お食事をどうぞ」
「え? わっ、いつの間に? 緋山、あなたこれ、魔法で出したの?」
「はい、そうです」
「ええ!? 真顔でボケないでよ」
「どうぞ召し上がってください」
「ねえ、聞いてる?」
「あいにく耳が遠いもので」

すると絵美梨はキョトンとしてから笑い出した。

「緋山、あなた浦島太郎なの? 急におじいさんになったのね」
「そうですね。美しい乙姫様に会えたので」
「あら、すてき! 緋山もちゃんと恋愛してるのね。良かった。プライベートも大切にしてね。彼女に愛想尽かされないように」

美味しそうに料理を食べていたかと思うと、急に絵美梨はハッとしたように顔を上げる。

「緋山、もう帰りなさい。毎日こんなに遅くまで仕事をしていたら、彼女に会えないでしょう? 女の子を寂しがらせてはいけないわ」
「ですが、社長を無事にお屋敷までお送りするのが私の役目ですから」
「それならすぐに帰りましょう。ほら、緋山も早く支度して」

急いでデスクを片づけ始めた絵美梨に、要は複雑な気持ちになる。

だが、こうして絵美梨が早く帰宅してくれるのは喜ばしい。

その為なら誤解されても致し方ないと思うことにした。

車で屋敷に送り届けると、要は後部ドアを開けて絵美梨に手を差し伸べる。

「ありがとう。あ、緋山。少し待って」

車を降りた絵美梨は、手にしていた紙袋をゴソゴソと探り、小ぶりの花束を取り出した。

「はい、これ。彼女にプレゼントしてあげて」
「えっ」

突然のことに、要は戸惑いを隠せない。

「サロンの余りもので心苦しいけど、緋山をいつも遅くまで働かせてしまっているせめてものお詫びに」
「そんな。ありがとう、ございます」

ぎこちなく受け取ると、絵美梨は要の手を上からギュッと握った。

「落っことしちゃだめよ? お花も彼女の手も、しっかり握っててね」

そう言ってふふっと笑ってから、「じゃあね、おやすみ」と、絵美梨は軽やかに玄関に入っていった。