ただそこに愛があるなら



「お嬢様……。これは一体なにごとですか?」

病室を見渡して、要が呆れたように言う。

「ご覧の通り、この病院で一番広い特別室よ」

タクシーで要の病院に戻った絵美梨は、要の部屋を4人部屋から特別室に変更させたのだった。

「なぜこのようなことを?」
「決まっているわ。松島家の秘書ともあろうあなたを、優遇しない訳にはいかないからよ。ここなら面会制限もなく、わたくしもゆっくりと過ごせます」
「私はお嬢様と違い、ごく普通の家庭の一般人です。このような特別室にはふさわしくありません」
「何度言わせるの? あなたは松島家の秘書よ。松島の名にかけて、秘書の働きぶりを称え、怪我の治療に全力を注ぎます。わたくし、今日ほど松島家に生まれて良かったと思ったことはございません!」

両手を腰に当てて高らかに告げる絵美梨に、要はヤレヤレとため息をつく。

「昼間とは別人ですね。あんなにしおらしく涙ぐんで、可愛らしかったのに……」
「ん? 緋山、なにか言った?」
「いいえ、なにも」
「そう。では早速、食事にしましょう」

は?と要は眉間にしわを寄せた。

「夕食は18時に終えましたが……」
「あなた、ほとんど食べなかったんですって? ナースの方にうかがいました。だからほら、浜子さんのお料理をお弁当箱に詰めてきたの。美味しいわよー」

いそいそと椅子に座る絵美梨に、要はポカンとしてから笑い出す。

「なによ?」
「いえ、その。お弁当箱を嬉しそうに掲げるお嬢様が、なんともコミカルで……」
「訳分からないこと言ってないで、ほら。アーンして」
「はっ!? いえ、自分で食べられますから」
「だめよ。なんの為にわたくしが戻って来たと思うの? それにあなたはわたくしをかばって怪我をしたのよ。そのあなたが少しでも早く回復するよう努めるのが、わたくしの役目です。ほら、早く」

勢いに負けて、要はベッドに横たわったまま口を開ける。

「はい、アーン……」
「ちょっ、お嬢様!」
「わっ、なによ? シチューがこぼれちゃうじゃない」
「その……、声かけはしないでください」
「声かけって?」
「ですから、その。合図はいりません」

合図?と絵美梨は首をかしげた。

「別に『いちにのさーん』とか言ってないけど?」
「も、もう結構です。分かりました」
「変なの。じゃあ、はい。アーン……」

要は顔を赤くしながら小さく口を開ける。
絵美梨は真剣な顔で、要の口元にスプーンを運んだ。

「こぼさないでね。美味しい?」

至近距離で見つめられ、思わず要はゴクンと丸呑みする。

「は、はい」
「良かった。まだたくさんあるわよ。はい、アーン」

顔を覗き込んでくる絵美梨から視線をそらし、要はぎこちなくシチューを味わった。