ただそこに愛があるなら

絵美梨から連絡を受けた要の母が、着替えや身の周りのものを持って面会に来ると、絵美梨は椅子から立ち上がる。

「おば様、私飲み物を買ってきます」
「まあ、お嬢様。そんなことなさらず……」

絵美梨は「しーっ」と人差し指を口元に当てた。

「おば様、同室の患者さんもいらっしゃるので」
「あっ、そうですわね」
「少し待っていてくださいね。要くんは、なにかほしいものはある? まだ飲んだり食べたりしてはいけないのかしら。確認してみるわね」

そう言って絵美梨は、病室を出る。
ナースステーションに立ち寄って聞いてみると、特に食事制限はないとのことで、それならカフェオレでも買おうと階段で1階のコンビニエンスストアに向かった。

(えーっと、雑誌とかもあった方がいいわよね。男の人って、どういうのがいいのかしら?)

考えてもよく分からず、結局要がいつも読んでいる新聞を選ぶ。

飲み物は、コーヒーマシンで温かいものを淹れようと、カップを3人分頼んだ。

ふと目をやると、レジの前に小さな花束が並んでいて、「これもお願いします」と会計を済ませる。

(えっ、ちょっと、どうしよう?)

胸に花束と新聞を抱え、カップ3つにカフェオレを淹れたところで、絵美梨はようやく手が足りないことに気づいた。

(えーい、なんとかしてみせますわ)

新聞を小脇に挟み、花束を抱えつつ、両手でカップ3つを持つ。

(このままそーっと……)

ドキドキしながら階段を上がり、病室に戻ると、要の母が驚いたように声を上げた。

「お嬢さ……」

言葉を止めて、慌てて駆け寄って来ると、絵美梨の手からカップを受け取る。

「大丈夫ですか?」
「ええ、なんとか。ふう、落とさなくて良かった」
「まあ、お花まで? こんなにしてくださって、ありがとうございます」
「いいえ。あっ、花瓶がなかったわね。私、もう一度買ってくるわ」
「とんでもない、わたくしがまいります。どうぞお座りください。すぐに戻りますね」

あっという間に出て行く後ろ姿を見送ると、要が絵美梨に声をかけた。

「絵美梨さん、座ってください」
「あ、はい。では」

椅子に座って要にカップを差し出したところで、横になったままでは飲めないことに気づく。

「要くん、ベッドを少し起こすわね」

絵美梨がスイッチを押すと、ゆっくりとベッドが角度を変える。
徐々に起き上がる姿勢に、要は顔をしかめた。

「あ、ごめんなさい! 傷が痛むのね」

絵美梨はすぐさまスイッチを離し、要の顔を覗き込む。

「大丈夫?」

すると要は、なぜだかクスッと笑った。

「なあに?」
「いえ……、ちょっと絵美梨さんの子どもの頃を思い出しまして。元気に駆け回るあなたが転びそうになった時、とっさにかばって倒れ込んだ私に、今みたいに声をかけてくれました。『だいじょうぶ?』と、心配そうに目を潤ませて」

絵美梨は恥ずかしさに頬を赤くする。

「それ、いつのこと?」
「あなたが、確か5歳の時だったかな? とても可愛らしくて……。大人になっても、澄んだ瞳は変わりませんね」

そう言って微笑む要にドキッとして、絵美梨は視線をそらした。

「えっと、あっ! カフェオレ、温かいうちにどうぞ」
「ありがとうございます」

だが身体を起こそうとして、要はまた顔をしかめる。

「そのままにしてて。いい? 動いちゃだめよ」

絵美梨はカップのフタを取ると、ふーっと息を吹きかけて冷ましてから、そっと要の口元に運んだ。

「ゆっくり飲んでね」

要が口をつけると、絵美梨は少しずつカップを傾ける。

コクっとひと口飲んだ要は、「美味しい」と笑みを浮かべた。

「ほんと? 良かった。もう少し飲む?」
「はい」

絵美梨は真剣な表情で、もう一度要にカフェオレを飲ませた。

「すごく……特別な味がします。心の底からホッとして」
「それなら良かった。コンビニで淹れるカフェオレって、美味しいわよね」
「ふふっ、はい」

要の笑顔が嬉しくて、絵美梨はまたカフェオレを口に運んで飲ませた。