「デザートはあちらのソファにご用意いたします。どうぞ」
案内されて、壁一面のガラスの向こうにガーデンが見渡せるソファに移動した。
天井に届きそうなほど大きなクリスマスツリーが、シックに、かつゴージャスに飾られている。
「暖炉もあるんですね。すてき」
パチパチと薪が燃えるかすかな音を聞きながら、紅茶とケーキをゆっくりと味わった。
「なんだか外国に来たみたいです。日常を忘れさせてくれますね。とても贅沢な時間を、ありがとうございました」
絵美梨が笑いかけると、スタッフも目を細める。
「大変嬉しいお言葉を、ありがとうございます。私だけでなく、他のスタッフやシェフたち全員で、心からおもてなしをさせていただきました。お嬢様に、美しい所作で丁寧に召し上がっていただき、皆で感激していたところでございます。ぜひまたお越しいただけましたら幸いです」
「はい、必ず。あ、でもこちらは会員制のグランメゾンでしたよね? わたくしも入会出来ますでしょうか?」
するとようやく隙を見つけたとばかりに、戸川が身を乗り出した。
「絵美梨さん、その必要はない。俺が会員だから夫婦で来られる」
「…………はい?」
絵美梨は真顔で聞き返す。
簡単な日本語を言われたはずだが、意味が理解出来なかった。
「どういうことでしょう?」
「だから、夫婦のどちらかが会員なら、それでいいんだ」
「そうなのですね。それで、なぜわたくしが入会しなくてもいいのですか?」
「君が俺の妻になるから」
絵美梨は無言のまま、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
どこからどうツッコめばいいのか、それ以前に日本語が通じるかどうかも分からなかった。
「今、わたくしがあなたの妻になる、とおっしゃいましたか?」
取り敢えず、空耳かどうかを確かめる。
「ああ、そうだよ」
そう言うと戸川は、やおら右手を挙げてパチンと指を鳴らした。
(えええー!?)
絵美梨がドン引きしていると、スタッフが真っ赤なバラを両手に抱えて現れ、戸川に手渡す。
(キザを装うにも程があるでしょう? なんだかもう、本当にすみません)
絵美梨は心の中でスタッフに謝った。
「絵美梨さん、俺と結婚しよう」
差し出されたバラに罪はない。
家来のように扱われて、バラを運んできてくれたスタッフにも申し訳ない。
だが絵美梨は、無理、という2文字しか思い浮かばなかった。
「君の美しさ、聡明さ、その全てが俺を虜にした。俺が一生愛を捧げられる相手は君しかいない。君の幸せは俺が保証する。結婚しよう」
これは俗に言うプロポーズ。
それだけは理解出来る。
だが、ドラマや小説の中で見たプロポーズの方が、今の100倍はときめいた。
なぜ今、自分はこんなにも心が無になっているのか。
(感激して頭が真っ白……とかでもない。大根役者でもここまで能面のようにはならない。そう、私は今、嬉しくもなんともないのよ)
己にそう頷くと、絵美梨は顔を上げた。
ん?と、にこやかに笑っている戸川は、どうやら絵美梨が涙ぐみながらイエスの返事をすると確信しているかのようだった。
大いなる違和感を覚えつつ、絵美梨は姿勢を正す。
「戸川様、謹んでお断りさせていただきます」
「…………は?」
いやいや、私がその心境なのよ、と思いつつ、絵美梨は静かに言葉を続けた。
「お仕事に関しては、これまで通りよろしくお願いいたします。本日はこのようにすてきなところをご紹介いただき、誠にありがとうございました。それでは、失礼いたします」
ゆっくりと頭を下げてから立ち上がり、呆然としている戸川を残して出口へと向かう。
スタッフが、絵美梨のコートを手にして待っていた。
「お嬢様、こちらをどうぞ」
「ありがとうございます。わたくしの分のお会計をお願いします」
「お嬢様には本日ご試食いただきましたので、お会計はございません」
え?と絵美梨が視線を上げると、スタッフはにこやかに笑う。
「気持ち良くおもてなしさせていただきました。ありがとうございました。またのお越しを心よりお待ちしております」
絵美梨も笑顔で頷いた。
「はい。次回は入会してから、わたくしの大切な人と一緒にまいります。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。今タクシーを手配いたしますね」
そう言われて、絵美梨は少し考える。
「いいえ、結構です。頼りになる秘書がおりますので」
「左様でございましたか。それでは、出口までお見送りを」
スタッフが開けてくれた扉から外に出ると、絵美梨は「ごちそうさまでした」と挨拶してから、タタっと小走りでアプローチを駆け抜ける。
そのまま階段を一気に下りると、「緋山!」と声をかけた。
車の横に佇み、海を眺めていた要が、驚いたように振り返る。
「お嬢様!? 一体どうなさいましたか?」
「あら、緋山こそどうしたの? 屋敷に帰ったはずでしょう?」
「それは、その。万が一のことがあってはと思いまして……」
「万が一って?」
「ですから、その……。お嬢様が、戸川様とのお食事の場を、なにかのご事情で抜けられたり……とか」
絵美梨は思わず、ふふっと笑う。
「さすがは緋山ね。その万が一よ」
「え?」
「ほら、早く帰りましょ。我に返ったおぼっちゃまオヤジが追いかけてきたら大変よ」
「あ、はい」
要は急いで車のドアを開けると、絵美梨の右手を取る。
「ふふふ、ありがとう」
絵美梨は要と繋いだ手をキュッと握って笑いかけてから、いつものようにきれいな所作でシートに座った。
案内されて、壁一面のガラスの向こうにガーデンが見渡せるソファに移動した。
天井に届きそうなほど大きなクリスマスツリーが、シックに、かつゴージャスに飾られている。
「暖炉もあるんですね。すてき」
パチパチと薪が燃えるかすかな音を聞きながら、紅茶とケーキをゆっくりと味わった。
「なんだか外国に来たみたいです。日常を忘れさせてくれますね。とても贅沢な時間を、ありがとうございました」
絵美梨が笑いかけると、スタッフも目を細める。
「大変嬉しいお言葉を、ありがとうございます。私だけでなく、他のスタッフやシェフたち全員で、心からおもてなしをさせていただきました。お嬢様に、美しい所作で丁寧に召し上がっていただき、皆で感激していたところでございます。ぜひまたお越しいただけましたら幸いです」
「はい、必ず。あ、でもこちらは会員制のグランメゾンでしたよね? わたくしも入会出来ますでしょうか?」
するとようやく隙を見つけたとばかりに、戸川が身を乗り出した。
「絵美梨さん、その必要はない。俺が会員だから夫婦で来られる」
「…………はい?」
絵美梨は真顔で聞き返す。
簡単な日本語を言われたはずだが、意味が理解出来なかった。
「どういうことでしょう?」
「だから、夫婦のどちらかが会員なら、それでいいんだ」
「そうなのですね。それで、なぜわたくしが入会しなくてもいいのですか?」
「君が俺の妻になるから」
絵美梨は無言のまま、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
どこからどうツッコめばいいのか、それ以前に日本語が通じるかどうかも分からなかった。
「今、わたくしがあなたの妻になる、とおっしゃいましたか?」
取り敢えず、空耳かどうかを確かめる。
「ああ、そうだよ」
そう言うと戸川は、やおら右手を挙げてパチンと指を鳴らした。
(えええー!?)
絵美梨がドン引きしていると、スタッフが真っ赤なバラを両手に抱えて現れ、戸川に手渡す。
(キザを装うにも程があるでしょう? なんだかもう、本当にすみません)
絵美梨は心の中でスタッフに謝った。
「絵美梨さん、俺と結婚しよう」
差し出されたバラに罪はない。
家来のように扱われて、バラを運んできてくれたスタッフにも申し訳ない。
だが絵美梨は、無理、という2文字しか思い浮かばなかった。
「君の美しさ、聡明さ、その全てが俺を虜にした。俺が一生愛を捧げられる相手は君しかいない。君の幸せは俺が保証する。結婚しよう」
これは俗に言うプロポーズ。
それだけは理解出来る。
だが、ドラマや小説の中で見たプロポーズの方が、今の100倍はときめいた。
なぜ今、自分はこんなにも心が無になっているのか。
(感激して頭が真っ白……とかでもない。大根役者でもここまで能面のようにはならない。そう、私は今、嬉しくもなんともないのよ)
己にそう頷くと、絵美梨は顔を上げた。
ん?と、にこやかに笑っている戸川は、どうやら絵美梨が涙ぐみながらイエスの返事をすると確信しているかのようだった。
大いなる違和感を覚えつつ、絵美梨は姿勢を正す。
「戸川様、謹んでお断りさせていただきます」
「…………は?」
いやいや、私がその心境なのよ、と思いつつ、絵美梨は静かに言葉を続けた。
「お仕事に関しては、これまで通りよろしくお願いいたします。本日はこのようにすてきなところをご紹介いただき、誠にありがとうございました。それでは、失礼いたします」
ゆっくりと頭を下げてから立ち上がり、呆然としている戸川を残して出口へと向かう。
スタッフが、絵美梨のコートを手にして待っていた。
「お嬢様、こちらをどうぞ」
「ありがとうございます。わたくしの分のお会計をお願いします」
「お嬢様には本日ご試食いただきましたので、お会計はございません」
え?と絵美梨が視線を上げると、スタッフはにこやかに笑う。
「気持ち良くおもてなしさせていただきました。ありがとうございました。またのお越しを心よりお待ちしております」
絵美梨も笑顔で頷いた。
「はい。次回は入会してから、わたくしの大切な人と一緒にまいります。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。今タクシーを手配いたしますね」
そう言われて、絵美梨は少し考える。
「いいえ、結構です。頼りになる秘書がおりますので」
「左様でございましたか。それでは、出口までお見送りを」
スタッフが開けてくれた扉から外に出ると、絵美梨は「ごちそうさまでした」と挨拶してから、タタっと小走りでアプローチを駆け抜ける。
そのまま階段を一気に下りると、「緋山!」と声をかけた。
車の横に佇み、海を眺めていた要が、驚いたように振り返る。
「お嬢様!? 一体どうなさいましたか?」
「あら、緋山こそどうしたの? 屋敷に帰ったはずでしょう?」
「それは、その。万が一のことがあってはと思いまして……」
「万が一って?」
「ですから、その……。お嬢様が、戸川様とのお食事の場を、なにかのご事情で抜けられたり……とか」
絵美梨は思わず、ふふっと笑う。
「さすがは緋山ね。その万が一よ」
「え?」
「ほら、早く帰りましょ。我に返ったおぼっちゃまオヤジが追いかけてきたら大変よ」
「あ、はい」
要は急いで車のドアを開けると、絵美梨の右手を取る。
「ふふふ、ありがとう」
絵美梨は要と繋いだ手をキュッと握って笑いかけてから、いつものようにきれいな所作でシートに座った。



