(うーん、これってどういう組み方なの? そして腰に回されたこの手はなに?)
エントランスへの階段を上がりながら、絵美梨は視線を落として考える。
歩き始めると、戸川はすぐさま絵美梨に右手を伸ばしたのだが、絵美梨が左手を差し出すと、その手を避けて右手を握ったのだ。
右手と右手を繋いでどうするのかと思っていると、戸川はくるりと身体を半回転させて絵美梨の背後に回り、左手で絵美梨の腰を抱き寄せた。
そのまま一緒に前へと歩いているのだが、絵美梨はこの体勢が不思議で仕方ない。
(なんだかフォークダンスみたい。この間の関野さんは社交ダンスだったし、なんなの? 今、ダンス歩きが流行ってるの?)
カップルの流行は知らないし、男性とつき合ったこともないので、どれが正解かも分からない。
(とにかく違和感しかないわ)
そう思いながら階段を上がり切ると、ヨーロッパの邸宅のような白亜の建物が目に飛び込んできた。
「まあ、すてき」
思わず呟くと、戸川が嬉しそうに絵美梨の顔を覗き込む。
「気に入ってもらえた? 良かった。ここは時間ごとに貸し切りの、邸宅レストランなんだ」
「貸し切りの?」
「そうだよ。会員制のグランメゾンだから、一般人には知られていない。さあ、中へどうぞ」
レンガが敷き詰められたアプローチを進むと、ダークブラウンの重厚な扉が中から開かれた。
「いらっしゃいませ、戸川様。お待ちしておりました」
髪をピシッと整えた黒いスーツのスタッフが、うやうやしく頭を下げる。
「やあ、今日もよろしく。極上のお嬢様をお連れしたから、失礼のないようにしてくれよ」
戸川のその言い方に、絵美梨は内心ムッとする。
「お嬢様、ようこそお越しくださいました。よろしければコートをお預かりいたします」
「はい、ありがとうございます」
絵美梨はコートを脱ぐと、スタッフに手渡した。
「お預かりします。戸川様も」
すると戸川はスタッフの前に歩み出て、くるりと背を向ける。
(は?)
絵美梨がポカンとしていると、スタッフは「失礼いたします」と言って、戸川の背後から襟を持ち、コートを脱がせた。
(ええー!? なにそれ、おぼっちゃまくん?)
濃い紫のシャツと縦縞のスーツ姿になった戸川は、口元に笑みを浮かべて絵美梨に手を差し出す。
いつもより派手な装いは、どうやら勝負服だとでも思っているのだろうか。
(いやいや、もうもう、恥ずかしい!)
もはや戸川のことを、キザな勘違い男としか思えず、一緒にいるだけでいたたまれなくなった。
(お願いだから一緒にしないで。私は違うのよー)
声に出したい衝動をこらえて、案内された席に着く。
「まあ、なんて美しいの」
スタッフが引いてくれた椅子に腰を下ろすと、絵美梨はしばし戸川のことを忘れて、テーブルコーディネートに目を輝かせた。
大きな丸テーブルに掛けられた真紅のクロスは、まるでグラデーションのように少しずらして、紫や薄いピンクと、2重、3重に掛けられていた。
更にその上に、真っ白でしわ1つないクロスが、ピンと掛けられている。
フォークやナイフもよく磨かれて眩しく、ナフキンも凝った形に整えられていた。
そしてなによりも、装花が美しい。
周囲に目を向けると、カーテンや絨毯も豪華で、奥にはグランドピアノも置かれていた。
「こちらは貸し切りとうかがいましたが、このお花も今日の為に?」
絵美梨がスタッフに尋ねると、嬉しそうに返事が返ってくる。
「ええ、左様でございます。戸川様が大切な方とご一緒にいらっしゃるとのことで、フローリストが心を込めてアレンジをいたしました」
「そうなのですね、ありがとうございます。白とピンクの薔薇の色合いが、とてもきれいです」
「お気に召していただけて、大変光栄です。フローリストにも申し伝えます」
「はい。よろしくお伝えくださいませ」
絵美梨とスタッフが微笑み合っていると、戸川の咳払いが聞こえてきた。
「ソムリエを」
「はい、ただいま」
スタッフはすぐさま表情を引きしめ、戸川にお辞儀をする。
入れ違いにソムリエが近づいて来て、戸川とワインの相談を始めた。
「絵美梨さん、ワインのお好みは?」
「特にございません。戸川様にお任せいたします」
「そう? じゃあ、いつものアレを」
ソムリエは「かしこまりました」と頭を下げる。
(いつものアレって、なんだか昭和のオヤジの『母さん、アレアレ』みたいよね)
戸川が真面目に、それどころかカッコイイだろと言わんばかりに酔いしれている様子に、絵美梨はどんどん気持ちが冷めていく。
(コートも脱げないおぼっちゃまくんと昭和のオヤジの合わせ技って、救いようのないダブルパンチだわ。ああ、早く帰りたい)
だが丁寧に対応してくれるスタッフに対しては、申し訳ない。
絵美梨はなんとか食事に集中することにした。
ワインも美味しいが、前菜やスープだけで、早くも絵美梨はうっとりと酔いしれる。
(なんて美味しいのかしら。こんなにすてきなグランメゾンを知ってるなんて、おぼっちゃまオヤジくん、味覚だけはまともなのね)
美しい盛り付けのテリーヌは、繊細だか味わい深い。
ソースも、素材の味にひと工夫もふた工夫もされた、旨味が凝縮された味付けだった。
「絵美梨さん、美味しそうに食べるね」
「それはもう、本当に美味しくて」
「君のその笑顔がなによりのごほうびだよ。ありがとう」
嬉しそうに笑う戸川に、絵美梨は笑顔のまま固まる。
(ごほうび? え、なにかおかしくない?)
またしても違和感が湧いてくるが、気にしていてはせっかくの料理が台無しになる。
絵美梨は、料理をサーブして説明してくれるスタッフと会話しながら、美味しい品々に舌鼓を打った。
エントランスへの階段を上がりながら、絵美梨は視線を落として考える。
歩き始めると、戸川はすぐさま絵美梨に右手を伸ばしたのだが、絵美梨が左手を差し出すと、その手を避けて右手を握ったのだ。
右手と右手を繋いでどうするのかと思っていると、戸川はくるりと身体を半回転させて絵美梨の背後に回り、左手で絵美梨の腰を抱き寄せた。
そのまま一緒に前へと歩いているのだが、絵美梨はこの体勢が不思議で仕方ない。
(なんだかフォークダンスみたい。この間の関野さんは社交ダンスだったし、なんなの? 今、ダンス歩きが流行ってるの?)
カップルの流行は知らないし、男性とつき合ったこともないので、どれが正解かも分からない。
(とにかく違和感しかないわ)
そう思いながら階段を上がり切ると、ヨーロッパの邸宅のような白亜の建物が目に飛び込んできた。
「まあ、すてき」
思わず呟くと、戸川が嬉しそうに絵美梨の顔を覗き込む。
「気に入ってもらえた? 良かった。ここは時間ごとに貸し切りの、邸宅レストランなんだ」
「貸し切りの?」
「そうだよ。会員制のグランメゾンだから、一般人には知られていない。さあ、中へどうぞ」
レンガが敷き詰められたアプローチを進むと、ダークブラウンの重厚な扉が中から開かれた。
「いらっしゃいませ、戸川様。お待ちしておりました」
髪をピシッと整えた黒いスーツのスタッフが、うやうやしく頭を下げる。
「やあ、今日もよろしく。極上のお嬢様をお連れしたから、失礼のないようにしてくれよ」
戸川のその言い方に、絵美梨は内心ムッとする。
「お嬢様、ようこそお越しくださいました。よろしければコートをお預かりいたします」
「はい、ありがとうございます」
絵美梨はコートを脱ぐと、スタッフに手渡した。
「お預かりします。戸川様も」
すると戸川はスタッフの前に歩み出て、くるりと背を向ける。
(は?)
絵美梨がポカンとしていると、スタッフは「失礼いたします」と言って、戸川の背後から襟を持ち、コートを脱がせた。
(ええー!? なにそれ、おぼっちゃまくん?)
濃い紫のシャツと縦縞のスーツ姿になった戸川は、口元に笑みを浮かべて絵美梨に手を差し出す。
いつもより派手な装いは、どうやら勝負服だとでも思っているのだろうか。
(いやいや、もうもう、恥ずかしい!)
もはや戸川のことを、キザな勘違い男としか思えず、一緒にいるだけでいたたまれなくなった。
(お願いだから一緒にしないで。私は違うのよー)
声に出したい衝動をこらえて、案内された席に着く。
「まあ、なんて美しいの」
スタッフが引いてくれた椅子に腰を下ろすと、絵美梨はしばし戸川のことを忘れて、テーブルコーディネートに目を輝かせた。
大きな丸テーブルに掛けられた真紅のクロスは、まるでグラデーションのように少しずらして、紫や薄いピンクと、2重、3重に掛けられていた。
更にその上に、真っ白でしわ1つないクロスが、ピンと掛けられている。
フォークやナイフもよく磨かれて眩しく、ナフキンも凝った形に整えられていた。
そしてなによりも、装花が美しい。
周囲に目を向けると、カーテンや絨毯も豪華で、奥にはグランドピアノも置かれていた。
「こちらは貸し切りとうかがいましたが、このお花も今日の為に?」
絵美梨がスタッフに尋ねると、嬉しそうに返事が返ってくる。
「ええ、左様でございます。戸川様が大切な方とご一緒にいらっしゃるとのことで、フローリストが心を込めてアレンジをいたしました」
「そうなのですね、ありがとうございます。白とピンクの薔薇の色合いが、とてもきれいです」
「お気に召していただけて、大変光栄です。フローリストにも申し伝えます」
「はい。よろしくお伝えくださいませ」
絵美梨とスタッフが微笑み合っていると、戸川の咳払いが聞こえてきた。
「ソムリエを」
「はい、ただいま」
スタッフはすぐさま表情を引きしめ、戸川にお辞儀をする。
入れ違いにソムリエが近づいて来て、戸川とワインの相談を始めた。
「絵美梨さん、ワインのお好みは?」
「特にございません。戸川様にお任せいたします」
「そう? じゃあ、いつものアレを」
ソムリエは「かしこまりました」と頭を下げる。
(いつものアレって、なんだか昭和のオヤジの『母さん、アレアレ』みたいよね)
戸川が真面目に、それどころかカッコイイだろと言わんばかりに酔いしれている様子に、絵美梨はどんどん気持ちが冷めていく。
(コートも脱げないおぼっちゃまくんと昭和のオヤジの合わせ技って、救いようのないダブルパンチだわ。ああ、早く帰りたい)
だが丁寧に対応してくれるスタッフに対しては、申し訳ない。
絵美梨はなんとか食事に集中することにした。
ワインも美味しいが、前菜やスープだけで、早くも絵美梨はうっとりと酔いしれる。
(なんて美味しいのかしら。こんなにすてきなグランメゾンを知ってるなんて、おぼっちゃまオヤジくん、味覚だけはまともなのね)
美しい盛り付けのテリーヌは、繊細だか味わい深い。
ソースも、素材の味にひと工夫もふた工夫もされた、旨味が凝縮された味付けだった。
「絵美梨さん、美味しそうに食べるね」
「それはもう、本当に美味しくて」
「君のその笑顔がなによりのごほうびだよ。ありがとう」
嬉しそうに笑う戸川に、絵美梨は笑顔のまま固まる。
(ごほうび? え、なにかおかしくない?)
またしても違和感が湧いてくるが、気にしていてはせっかくの料理が台無しになる。
絵美梨は、料理をサーブして説明してくれるスタッフと会話しながら、美味しい品々に舌鼓を打った。



