ただそこに愛があるなら

「お嬢様、今日はなにやら楽しそうですね」

しばらくすると、要がミラー越しに絵美梨に尋ねた。

「ぜーんぜんよ。浜子さんたら、すぐお嬢様スタイルにさせたがるんだもの。だから急いで逃げて来ただけ」

そう言ってから、絵美梨は身を乗り出す。

「ねえ、緋山。おてもやんって誰?」
「はっ!?」
「あら、緋山も知らない?」
「いえ、存じておりますが……。おてもやんがどうかしたのですか?」
「浜子さんが、おてもやんみたいにメイクしろって言うのよ。そんなに美人なの? おてもやんって」

要はポカンとしてから、おかしそうに笑い出した。

「なに? どうしたの?」
「いえ。お嬢様のおてもやんメイクを想像したら、可愛らしくて、つい」
「そうなの? そんなにすごいのね、おてもやんって」

真顔で感心する絵美梨に、要は目を細めて微笑む。

「本当に可愛らしいです。明るくて優しくて、美しく気品に溢れているのに、無邪気な笑顔が輝いていて。着物姿も艶やかですが、清楚なワンピースもよく似合って」
「そうなのね。素敵な女性ね、おてもやんさんって」
「ふふふ、はい」

そんなやり取りをしているうちに、戸川との待ち合わせ場所のレストランに着いた。

「わあ、海が見える。きれい……」

要に手を引かれて車を降りた絵美梨は、キラキラと太陽を反射する水面をうっとりと見つめる。

冷たい海風が吹きつけてきて、要は絵美梨に声をかけた。

「お嬢様、コートを」

差し出された白いロングコートを着ると、要が一番上のボタンに手を伸ばす。

「首元も留めてください。寒いですから」
「ありがとう」

要が留めやすいように顔を上げていると、「はい、出来ました」と言って要が視線を上げた。

絵美梨と目が合うと、要は顔を赤くする。

「どうかした?」
「いえ、すみません。距離感を読み誤ってしまい、間合いを詰めてしまいました」
「なあに、柔道の技でもかけようって言うの?」

絵美梨が身構えた時、後ろから「こんにちは」と戸川の声がした。

絵美梨は振り返って挨拶する。

「こんにちは、戸川さん」
「これはこれは。今日はなんとも可愛らしいですね」
「いいえ、おてもやんには及びません」

は?と戸川が首をかしげ、要が取り繕うように声をかけた。

「それでは私はここで。行ってらっしゃいませ」
「あら、緋山はもう帰るの?」
「いえ。ここでお待ちしております」
「まさかそんな……。こんなところで? 戸川さん、緋山も一緒に」

絵美梨の言葉を、要は「お嬢様」と遮る。

「やはり私は帰らせていただきます。戸川様、恐れ入りますが、お嬢様をお願い出来ますでしょうか?」
「もちろん。責任持ってお屋敷まで送り届けますよ」
「ありがとうございます。それでは、失礼いたします」

要に見送られ、絵美梨は戸川と一緒にエントランスへと歩き出した。