ただそこに愛があるなら

「あー、嫌だー。行きたくないよーう」

次の週。
今度は戸川と会う日がやってきて、朝から絵美梨は浜子に愚痴をこぼしていた。

「お嬢様、そうおっしゃらず、早くお支度なさいませ。要さんが迎えに来る頃ですわよ」
「スッピンに部屋着のままでいい?」
「いけません! 松島財閥のご令嬢でいらっしゃいますのよ?」
「眼鏡かけて変装したらバレないわよ」
「お嬢様!」

浜子に叱られ、絵美梨は頬を膨らませながら渋々着替える。

「えー、これ? ピンクのワンピースなんて、私に似合わないって」
「財閥のご令嬢とあらば、こういうワンピースがお決まりなのです」
「浜子さん、何度も言うけど財閥は解体されて、現代には存在しないわよ」
「松島家が由緒正しい財閥家であることに変わりありません。お嬢様はその血を引く、れっきとしたご令嬢ですのよ? ほら、早くお着替えを」
「じゃあせめて、黒のワンピースにして」
「いけません! ご令嬢のおきてです」

誰が決めたのよ?とぶつぶつ言いながらワンピースを着ると、絵美梨はメイクを軽く整えた。

「はい! 出来たわよ」
「ええ? お嬢様、もっとこう、キラキラとかツヤツヤとかは?」
「あはは! 浜子さん、若者のメイクに詳しいの?」
「詳しくはありませんが、なにやら若いお嬢さんはそんな感じですよね? まつ毛がバッサバッサしていて、唇は油っぽく、頬はおてもやんみたいで」
「おてもやん!? 誰なの、それ」

とにかくもう少しメイクをしっかり……と浜子が言った時、外からかすかに車のエンジン音が聞こえてきた。

「あ、緋山が車を回してきたわ。行かなくちゃ。じゃあね、浜子さん」
「お嬢様!」

浜子をかわすように階段を駆け下りると、絵美梨は玄関で靴を履き、そのまま扉を開けて外に出た。

「緋山、おはよう!」

タタっと駆け寄ると、要は驚いたように目を見開く。

「……おはようごさいます、お嬢様」
「早く行きましょう」
「あ、はい」

要が開けたドアからスッとシートに腰を下ろすと、「お嬢様!」と浜子が息を切らしながら追いかけてきた。

「浜子さん、そんなに急いで転んだらどうするのよ?」
「お嬢様のせいではありませんか! ほら、こちらをお持ちください」

浜子の手には、オフホワイトのロングコートが握られている。

「えー、またそんなお嬢様っぽいコート?」
「お嬢様は正真正銘のお嬢様でございます!」

ハアハアと苦しそうに肩で息を整える浜子から、要が苦笑いしてコートを受け取った。

「それでは浜子さん、行ってまいります」
「要さん、お嬢様を頼みますよ」
「かしこまりました」

車が動き出すと、絵美梨は窓を開けて「行ってきまーす!」と浜子に手を振った。