ただそこに愛があるなら

「失礼いたします」

スッと背の高い誰かが絵美梨の隣に立つ。
その顔を見上げて、絵美梨はハッとした。

「緋山、どうしてここに?」
「お嬢様をお守りする為です」

そう言うと、要は関野に向き直る。

「関野様、今すぐお嬢様の写真を削除してください。お願いいたします」

関野はゆったりと足を組み変えてから、口を開いた。

「君は秘書だろう? たかだか秘書が、この私にそんなことを言う権利があるのか?」
「ございます」
「なっ……」

きっぱりと言い切る要に、関野は面食らう。

「自分を一体何者だと思って、そんな偉そうなことを言う?」
「私は松島絵美梨様の秘書です。お嬢様をお守りする為なら、相手がどなたであろうと引き下がる訳にはまいりません。関野様、あなたが気軽に投稿されたその写真が、お嬢様のプライバシーと肖像権を侵害し、多大なる影響と迷惑を及ぼすことにお気づきにはなりませんか?」

関野はグッと言葉に詰まった。

「ましてやあなたは、一流企業の御曹司。SNSのフォロワー数も多く、拡散性も高い。そしてお嬢様も、サロンの経営者として社会に広く認知されています。あなたのたった1つの投稿が、関野商事と松島グループの社会的関係、並びにパブリシティ権にも影響する。それについての見解はいかがですか?」

もはや関野はなにも言い返せない。

「あなたの会社の為でもあります。速やかに削除を」

関野は黙って視線を落とし、うなだれるようにスマートフォンを操作して投稿を削除した。

「ありがとうございます。それでは、私はこれで」

お辞儀をしてからその場を去ろうとする要に、絵美梨が声をかける。

「緋山、屋敷まで送ってくれる?」

そう言うと絵美梨は立ち上がり、深々と関野に頭を下げた。

「関野様、本日はありがとうございました。プライベートでお会いすることはもう二度とございませんが、お仕事の場では今後ともどうぞよろしくお願いいたします。それでは、失礼いたします」

呆然としている関野にもう一度お辞儀をしてから、絵美梨は踵を返した。

要がさり気なく左肘を差し出し、絵美梨もスッと右手を添える。

「お嬢様、ご来店ありがとうございました」

にこやかに見送ってくれるスタッフに、絵美梨も笑顔で応えた。

「ありがとう。シフォンケーキ、やはりとても美味しかったです。またいただきにまいりますね」
「はい。いつでもお待ちしております」

絵美梨は要に寄り添ってロビーを横切り、ホテルのエントランスを出る。
バレーパーキングのスタッフが、車を正面に回してきた。

「お嬢様、どうぞ」

要は車のドアを開けると、絵美梨が頭をぶつけないよう、ドア枠の上部に右手を添える。

左手で絵美梨の右手を支えて、絵美梨を後部シートに座らせた。

「ありがとう。あー、これこれ」
「ん? これとは、どれのことでしょう?」
「緋山の隠れテクニック。乃亜ちゃん的に言うところの、すご技ゴールドフィンガー」
「…………は?」
「いいから、早く帰りましょ」

楽しそうに、ふふっと笑う絵美梨に首をかしげてから、要は運転席に座って車を発進させた。