ただそこに愛があるなら

「絵美梨さん、結婚を前提におつき合いをしてほしい」

唐突に切り出され、また誰かのプロデュースの話かと絵美梨は首をかしげた。

「はい? どなたのお話ですか?」
「あなたのことです。私とつき合ってください」
「え? あの、急にどうしたのですか?」
「急ではないよ。前からずっとあなたのことが気になっていたんだ。どうにかして接点がほしくて、由美さんをプロデュースしてもらう会社にあなたのサロンを選んだ。私情を挟んでしまったことは謝る。だけど由美さんをあんなにも美しく変えてくれて、もっともっとあなたのことが好きになったんだ。生粋のお嬢様で名家のご令嬢なのに、あなたはぜいたくな暮らしを送ることもせず、懸命に仕事に邁進している。由美さんの為に、誠心誠意尽くしてくれた。その姿に、同じ社会人としても一人の男としても惚れ込んだんだ。絵美梨さん、俺は心からあなたが好きだ」

真っ直ぐに見つめられ、絵美梨は言葉を失う。
答えようにも、頭が追いつかなかった。

「君に誰か決められたフィアンセがいても関係ない。君には政略結婚なんて似合わないし、本当に好きになった相手と結婚してほしい。俺は必ず君を幸せにしてみせる。それを君に示してみせるよ。だから絵美梨さん、俺とつき合ってくれないか?」
「いえ、あの。わたくしは今のこの生活で、どなたかとおつき合いすることは全く考えられないのです」
「それなら尚更だ。デートとか結婚とか、言葉や形にとらわれないで、俺と一緒に時間を過ごしてみてほしい。その時間が楽しいと感じられれば、それからも重ねていこう。頭で考えずに、自然な流れで」
「自然な、流れで?」

絵美梨は確かめるように呟く。

「ああ、そうだ。これからもうちの会社と君のサロンは提携を続けていく。その為の意見交換も兼ねて。どう? 美味しい食事をしたり、映画を観たり、ドライブに出かけたり。忙しい毎日の息抜きにもなるよ」
「ですが、サロンは今が正念場。注目を集めてご予約をたくさんいただいている今こそ、スタッフ全員でこの忙しさを乗り切らなくては。わたくしが呑気に息抜きするなんて、もってのほかです」
「絵美梨さん、そのやり方ではいずれ持たなくなるよ。トップの君が抜けても現場が回る、そういう環境作りに取り掛かる時期だと思う」

え?と絵美梨は顔を上げて戸川を見つめた。

「会社の組織とはそういうものだ。全てを君が握るのは危険なことだよ」
「はい、それはわたくしも思います。ただ、みんなががんばってくれているのなら、誰よりもわたくしが一番にその姿勢を示すべきだと」
「その気持ちもよく分かる。だけどね、トップの人間というのは、空気みたいな存在でいいと思うんだ。ドンと構えて、一人涼し気な顔をしているくらいでちょうどいい。その方が現場のスタッフが自ら考えて動きやすいんだ。俺なんて、役立たずだと思われていると自覚している」
「そんなことは……」
「あるんだって。俺以外のスタッフが一致団結して仕事を進めて、『社長は取材をたくさん受けて、にこにこ笑っててくださいねー』って言われている」

なるほど、と絵美梨は妙に納得した。

「役割が違うのですね。戸川社長は、会社のイメージを背負ってメディアにアピールする。それは戸川社長にしか出来ないことですから」
「さあ、それはどうだろう? ヘラヘラしてるノリの軽い社長の会社って、マイナスイメージかも? でもだからこそ、今回の由美さんのプロデュースは本当に良いイメージアップに繋がったよ。毎日登録者数がうなぎ登りなんだ。私もこんなふうにきれいに生まれ変わりたい、夢物語ではなく現実的に叶うんだって、多くの女性が勇気をもらった。絵美梨さんのサロンだからこその結果だよ」
「そうでしたか、それは弊社としても嬉しい限りです」
「という訳で、今後もおつき合いいただきたい。よろしくお願いします」

そう言って戸川は絵美梨に右手を差し出す。

「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」

絵美梨と握手すると、戸川は「公私ともにね」とささやいて笑いかけた。

「えっ、あの」
「まあ、あまりしつこいと嫌われるな。今夜のところはこれで。戻りましょうか」
「はい」

絵美梨の手を取って立たせると、二人で会場に戻った。