ただそこに愛があるなら

屋敷に到着し、要は大きなガレージのゲートをリモコンで開いて車を中へと進ませる。

玄関へのアプローチのライトがパッと明るくなり、扉から住み込みで働く年配の浜子(はまこ)が姿を現した。

「要さん、お帰りなさい。お嬢様は?」

運転席から降りると、要は後部ドアに手をかけながら浜子に答える。

「車の中で眠ってしまわれた。お部屋まで運びます」
「まあ、お疲れが溜まっていたのね。すぐにベッドへ」

要は身を屈めると、シートにもたれて眠っている絵美梨を抱き上げた。

すかさず浜子が絵美梨のバッグを持ち、ハイヒールを脱がせる。

絵美梨を抱いたまま要は玄関を入り、階段で2階に上がって奥の部屋に向かった。

浜子が開けたドアから、センスの良いインテリアの広々とした絵美梨の部屋を進み、大きなベッドにそっと絵美梨を寝かせる。

絵美梨は、すうっと身体の力を抜いて寝入った。

「お嬢様、最近お仕事がよほどお忙しいの?」

絵美梨にブランケットを掛けてから、浜子が要を振り返る。

「そうですね。業績が伸びるにつれて、仕事量が増えてしまって……」
「なんとかならないのかしら? 松島財閥のご令嬢ともあろう方が、こんなに毎日お仕事に追われているなんて。本来ならもっと悠々自適に、お好きなことをして贅沢に暮らすようなご身分なのに。お身体を壊さないかと、浜子は心配でなりません」
「その点は私も心配しております」

小声で話しながら絵美梨の部屋を出ると、二人で1階に下りる。

するとリビングのドアが開いて、要の父が顔を覗かせた。

絵美梨の父の第一秘書を務めるやり手で、社長の片腕とも言われている。

「要、お疲れ。旦那様が少しお前と話がしたいと仰せだ」
「承知しました」

要は姿勢を正すと、「失礼いたします」と腰を折ってからリビングに足を踏み入れる。

「要か、お疲れ様」

ホテルのスイートルームのようなリビングで、ゴージャスなソファにゆったりと座っている絵美梨の父が声をかけた。

その人こそ、旧松島財閥の流れを汲む総合不動産企業『松島グループ』の現代表取締役社長、松島幸一郎(こういちろう)

都心の一等地の再開発を主軸に、商業施設や大規模オフィスビル、ラグジュアリーホテル事業も展開し、政財界とも太いパイプを持っている。

「まあ、座りなさい」
「はい、失礼いたします」

幸一郎に促されて、要はソファの向かい側に腰を下ろした。

勧められるまま、ウイスキーで小さく乾杯する。

「要。絵美梨の様子は最近どうだ?」
「はい。会社の運営に関しては大変好調で、業績は常に右肩上がりです。ただ、その分社長としてのお嬢様の負担が大きくなり、ゆっくり身体を休める時間が取れていないのが懸念事項です」
「そうだな。帰りも毎晩遅い」
「申し訳ありません」

要は深々と頭を下げる。

「いや、お前が謝ることではない。絵美梨が、自分が抱えている仕事を、他の社員に分担させることを嫌うからだろう?」

要が押し黙ると、分かっているとばかりに幸一郎は頷いた。

「あいつは負けず嫌いだからな。子会社を立ち上げる時に、私が『3年で黒字に出来なければ潰す』と言ったのを根に持っているんだろう。わずか1年で達成してみせたというのに、未だにその手を緩めない。いつまで突っ走るつもりなのやら」

我が子ながらその手腕を褒め称える気持ちと、娘を心配する父親の気持ちが入り混じったような幸一郎の言葉を、要は静かに噛みしめる。

「要。お前だけが絵美梨の理解者であり、唯一本音を吐き出せる相手だ。あいつを支えてやってほしい」
「もちろんでございます。必ずお嬢様をそばでお守りし、精一杯尽くしてまいります」
「ああ。頼んだぞ」
「はい」

要は気を引きしめ、しっかりと頷いてみせた。