ただそこに愛があるなら

2階のフロアでは、ドレッサーの前に座った由美に、乃亜が明るく話しかけていた。

「由美さん、どんなメイクがお好みですか? イメージとか、好きなモデルさんとか」
「えっ……あの、考えたこともなくて。いつもほぼスッピンで、とりあえずファンデーションと口紅だけ塗ってます」
「そうですか。髪型は? 美容院ではどんなふうにオーダーされてますか?」
「あの、それが……。半年に1回、カット専門店で毛先を揃えてもらうだけで……」
「なるほど」

すると由美は、恥ずかしそうに身を縮こめる。

「ごめんなさい。素材がこんなのでは、手の施しようがないですよね……」
「まさか!」

乃亜は鏡越しに由美に笑いかけた。

「由美さん、パーマやカラーもやったことないんですよね? 傷んでなくて髪質がとってもきれいです。それに普段のメイクが控えめだからか、お肌もスベスベ。もう私、腕が鳴っちゃいますよー」
「え、本当に?」
「もちろん! 私にお任せしてもらってもいいですか?」
「はい、お願いします」
「ふふっ、かしこまりました」

乃亜は由美にケープを掛けると、早速ヘアクリップで髪をブロッキングしていく。

絵美梨や他のスタッフも、離れたところから見守った。

「前髪は、いつもご自分で切り揃えていらっしゃるんですか?」
「はい、工作用のはさみで適当に」
「なるほど。眉毛を整えたことは?」
「眉毛を、整える? それって、どういう?」
「なるほどなるほど。分かりました! お任せあれ」
「はい。全部まとめてお願いします」

両手で由美の後頭部の形を確かめ、髪の長さを指で試してから、乃亜は「いきまーす!」と手際良くはさみを使い始めた。

シャキシャキと小気味良い音と共に、由美の髪がすっきりと整えられていく。

「由美さん、お仕事の時はいつも髪を後ろで1つに結んでますよね?」
「えっ、どうして分かるの?」
「ふふっ。美容師の隠れたスキルで、髪を見ればある程度の癖は分かるんです。長さはギリギリ結べるようにしておきますね」
「ありがとう」

その様子を、戸川が連れてきた女性スタッフが動画撮影する。

ある程度まで切ると、乃亜はくるりと由美の椅子を回して向きを変えた。

「ここから先は内緒です。仕上がりをお楽しみに!」

そう言って、いたずらっ子のように笑ってみせる。

「えー、なんだかドキドキしちゃう」

由美はいつの間にか乃亜につられて、笑顔を見せるようになっていた。

ヘアカットが終わると、次はメイクに取り掛かる。

乃亜は由美のファンデーションをクレンジングオイルで落としてから、何種類もの導入美容液や化粧水を肌に染み込ませていく。

「わあ、お肌とってもみずみずしいですね。メイクのノリも良さそう」
「嘘、そんなこと言われたの初めて」
「化粧品はいつもどこで買ってるんですか?」
「駅前のドラッグストアで」
「なるほどー。少し眉毛の形も整えますね」

手早くメイクを終えると、仕上げに髪をブローして、乃亜は満足気に頷いた。

「はい、完成です! ではお披露目しますよ。ご対面ー!」

くるりと椅子を元の位置に戻すと、鏡に映る自分の姿に、由美は驚いて目を見開いた。

「えっ、これ、私?」
「もちろんです」
「ほんとに? 知らない人みたい」
「じゃあ、右手を挙げてみてください」
「はい」
「ほら、鏡の中の由美さんも右手を挙げたでしょ?」
「いいえ、違うわよ。左手を挙げてるもの」

へ?と固まってから、乃亜は吹き出して笑い出す。

「由美さん、面白い! 鏡の中は逆に映るんですよ?」
「え、あ、そうか!」

周りのスタッフも笑い出し、由美はすっかりリラックスして自然な笑みを浮かべていた。