放課後、ボクらは無重力。

***

ゲームセンターを出て、歩いた。

夜はまだ深かった。
時計は持っていなかったけれど、空の色が変わる気配はなかった。

国道沿いに、大きな歩道橋があった。
コンクリートの、無骨な歩道橋。
昼間はトラックの排気ガスを浴びながら渡る、誰も好んでは使わないような橋。

先輩が階段を上り始めた。
何も言わずに。当然のように。

ついていった。

金属の手すりが、夜露に濡れてぬらりと冷たい。
階段を上がるたびに、視界が開けていく。
建物の屋根より高くなる。電柱の先端と同じ高さになる。

歩道橋の頂上に立った。

手すりにもたれる。

深夜の街が、眼下に広がっていた。

信号機の赤と青が、規則正しく点滅している。
さっき車道で見たのと同じ信号が、上から見ると宝石みたいに小さかった。
コンビニの白い看板。ファミレスの暖色の電飾。ガソリンスタンドの消えた価格表示。
遠くのマンションに、窓の明かりが点々と灯っている。

「……あんなにたくさんの灯りがあるのに」

声が、自分でも意外なほど静かだった。

「わたしたちを見てる人は、一人もいないんですね」
「世界で最も贅沢な特等席だ」

先輩は手すりに肘をついて、街を見下ろしていた。

「全てが見える。誰からも見えない」

風が吹き抜けた。
地上の風とは違う。高いところの空気は、少しだけ乾いていて、少しだけ薄くて、少しだけ綺麗だった。
髪が靡いて、顔にかかる。
ブラウスの襟元から風が入り込んで、肌が粟立つ。

マンションの窓を見つめていた。

あの灯りの一つ一つに、誰かの夜がある。
眠れないでいる人。夜勤から帰ってきて、冷蔵庫のお茶を飲んでいる人。赤ちゃんの夜泣きに起こされた人。喧嘩のあとで、黙ってテレビを見ている人。

――わたしの家の灯りも、この街の点のひとつに過ぎない。

そう思った瞬間、ほんの少しだけ、ほんのちょっぴりだけ、息が楽になった。

さっきまで世界の全部だったものが、急に小さくなった。
わたしの苦しみは、この街の灯りのひとつ分でしかない。
あのマンションの三階の左から二番目の窓にも、誰かの苦しみがあるかもしれない。
交差点の向こうのアパートの一階にも。
コンビニの裏手の古い団地にも。

世界は、わたしの痛みだけで出来ているわけじゃない。
わたしの痛みは、世界のほんのひとかけらだ。

それは慰めにはならないかもしれない。
でも、少しだけ、呼吸が深くなった。

「降りるか」

先輩が言った。

「もう少しだけ」

風に吹かれていたかった。
この高さからなら、全部がちょうどいい大きさに見える。
学校も。家も。わたし自身も。

***