放課後、ボクらは無重力。

***

二人で歩き始めた。
目的地はなかった。

深夜の住宅街を抜けて、大通りに出る。
コンビニの光が遠ざかっていく。
先輩は半歩先を歩いている。背が高いから、わたしの歩幅では少しだけ早足になる。

交番があった。

窓から白い蛍光灯の光が漏れている。
中では警官が一人、書類仕事をしていた。
制帽を脱いで、ボールペンで何かを記入している。

足が竦んだ。反射的に。

「あの、先輩、交番です。高校生が深夜に歩いてたら、補導され……」

先輩は立ち止まった。
こちらを見る。

「ああ、君はまだ知らないのか」

その声には、どこか教師じみた余裕があった。
何かを教えてやろうという、少しだけ上機嫌な響き。

「この状態《レイヤー》は学校の外でも有効だ」

先輩は交番に向かって歩いた。
普通に。堂々と。まるで自分の家のリビングを横切るみたいに。

窓のすぐ前で立ち止まる。
ガラス一枚隔てた向こうに、警官がいる。1メートルもない距離。

先輩は、警官に向かってピースサインを作った。

わたしの心臓が止まりかけた。

警官は微動だにしなかった。
ペンを走らせる、カリカリという乾いた音だけが響いている。
先輩の存在が視界に入っているはずなのに――入っていないのだ。
あるいは入っていても、脳が処理を拒否しているのだ。

先輩はゆっくりとこちらに戻ってきた。

「さあ、君の番だ」

無理です、と言いたかった。
足が動かない。
心臓が痛いくらいに脈を打っている。耳の奥でドクドクと鳴っている。

でも、先輩は平然としている。
その平然さが、なぜか足を動かしてくれた。

一歩。

交番の窓が近づく。

二歩。

蛍光灯の光が、わたしの顔を照らしている。

三歩。

警官の横顔が見えた。
五十代くらいの、眉間に皺のある、厳しそうな男の人。
その人の眼球が、わたしの方を向いた――ように見えた。

呼吸を忘れた。

でも、視線は素通りした。
わたしの体を透過して、向こう側の闇に吸い込まれていった。

四歩。五歩。六歩。

交番が、背中の向こうに遠ざかっていく。

――何も起きなかった。

膝が笑っていた。
全身に汗をかいていたことに、通り過ぎてから気づいた。
寒かったはずなのに、ブラウスの背中がじっとりと湿っている。

先輩が待っていた。
灰皿の横で、缶コーヒーを啜りながら。

「通行手形《パス》は発行された」

涼しい顔で、そう言った。

「さて、この街は僕たちの宇宙《うちゅう》だ。どこへ行く?」

その瞬間、世界が変わった。

街灯の白い光。
アスファルトの灰色。
遠くの信号機の赤と青。
深夜の空気の匂い。
何もかもが同じなのに、全てが違う。

昼間の街は、わたしにとって敵だった。
すれ違う人の視線が、わたしの存在を値踏みする場所。
でも今、この街にはわたしを見る目がない。

街全体が、わたしの屋上になった。

***