夢を見ていた。
そこには光があった。柔らかくて、甘い光。
リビングのテーブルの上に、白いクリームのケーキが載っている。
ロウソクの炎が、小さくて明るい。
ケーキの上には「ゆい」と書かれたチョコレートのプレートがあった。ひらがなで。まだ漢字が読めなかった頃の、わたしの名前。
「唯は音楽が好きだもんね」
お母さんの声。
今よりもずっと若くて、ずっと柔らかい声。
「これならいい音で聴けるぞ」
テーブルの隅に、包装紙に包まれた小さな箱。
幼いわたしの手が、リボンを引っ張る。紙がくしゃくしゃになる。
中から出てきたのは、黒いヘッドホン。今よりもずっと小さくて、子供用の、丸みを帯びたデザイン。
「ありがとう!」
あのときの自分の声が、やけにはっきりと聞こえた。
お母さんが笑っている。お父さんが笑っている。
三人が、笑っている。
暖かいリビング。ケーキの甘い匂い。ロウソクの柔らかい光に照らされた、三つの笑顔。
それは確かに存在した記憶だ。
捏造でも、願望でもない。確かにあった時間。
わたしたちにも、そういう時間が、あったのだ。
――目が覚めた。
暗闇。
天井が、ぼんやりと見えた。
自室の天井。壁紙の継ぎ目が、闇の中にうっすらと浮かんでいる。
ヘッドホンの中が静かだった。
音楽が止まっている。
画面を確認すると、バッテリー残量がゼロになっていた。充電ケーブルを繋ぎ忘れたのだ。
遮断壁が、消えていた。
階下から、テレビの音が漏れてくる。
深夜番組の、作り物の笑い声。
安っぽくて、空虚で、壁に塗りたくったペンキのように表面だけを覆う音。
喉が渇いていた。
ただの生理現象だ。水を飲まなければならない。
それだけのことなのに、体が動かない。
キッチンに行くためには、リビングの前を通らなければならない。
リビングには、まだ誰かがいるかもしれない。
あの声を、もう一度聞くかもしれない。
1分。
2分。
喉の奥が張り付いて、唾液を飲み込むことさえ苦痛になる。
やがて、耐えかねて、ベッドから足を下ろした。
