第3部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「お嬢様はご病気で、意識も朦朧としておられたのです」

「その状況で、若き健全な男性が――」

「健全は余計だ」

「いえ、重要です」

きっぱり。

「念のため確認いたしますが」

アリスはずいっと一歩踏み出した。

「――本当に、何もなさっておりませんね?」

「誓って」

即答。

「王家の名にかけて?」

「もちろん」

「騎士団と国民と、先王陛下の御名にかけて?」

「ふふ、もちろん」

苦笑いしながら答えるディラン。

「……アリス」

私が思わず口を挟むと、

「お嬢様、どうか黙っていてください」

即座に遮られる。

「ここは重要案件でございます」

重要案件。

「殿下」

なおも疑いの目。

「仮に――ほんの少しでも距離が近すぎたなど」

「ない」

「夜通し、見つめていただけ、とか」

「……それはあった」

「殿下!!」

「眠っていたから問題ないだろう」

「問題しかありません」

ぴしり。

空気が震えた。

「……アリス」

ディランが珍しく視線を逸らす。

「君の忠誠と心配は理解している」

「だが」

静かに続けた。

「彼女を傷つけるようなことは、
絶対にしない」

その声音は、冗談の欠片もなく真剣だった。

アリスは一瞬言葉を失い、
やがて深く息を吐く。

「……承知いたしました」

「ですが」

ちらり、と私を見る。

「お嬢様に少しでも異変がございましたら」

再びディランへ。

「私は、殿下であろうと容赦いたしませんので」

「覚悟しておくよ」

苦笑混じりの返答。

アリスはようやく表情を緩め、
ワゴンを私の側へ寄せた。

「では、改めまして
朝食をお持ちいたしました。
本日は胃に優しい献立でございます」

スープの湯気が、ふわりと立ちのぼる。

「ゆっくりお召し上がりください、お嬢様」


ディランと視線が合う。

彼は小さく肩をすくめて、
苦笑しながら囁いた。

「……君の周りは、手強い味方ばかりだね」

「はい……」

本当に、その通りだった。