第3部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「それにしても……
ナナ嬢は、マルクと付き合いが長いのですか?」

「ナナ、で構いません」

彼女は微笑んだ。

「ええ。
なんだかんだで、長く一緒におりますね」

「では、ナナ」

私は苦笑する。

「こんなに長く一緒にいてくれるのは、
ナナくらいでしょうね」

「そうかもしれませんね」

ナナは少し照れたように笑ってから、
ぽつりと言った。

「マルク様は、だらしないし、
不真面目で、遊んでばかりのポンコツです」

少しだけ間を置いて、

「でも」

彼女は続けた。

「とても、優しい人です」

湖での光景が、脳裏によみがえる。

ナナが落ちた瞬間、
迷いなく飛び込んだ兄の姿。

(……私は知らなかった)

マルクに、
あんなふうに誰かを想って、
即座に行動できる強さがあるなんて。

「私は……」

気づけば、言葉がこぼれていた。

「長く一緒にいたはずなのに、
兄のことを、何も知りませんでした」

ちがう、私は首をふる。

「知ろうともしなかった」

私とマルクはあまり似ておらず、私は愛人の子だと言われたこともある。母 マリアンヌの扱いもあからさまだった。
幼いころは、確かに一緒にいた。
前を歩いて、手を引いてくれた。

けれど、私が剣術や馬術に打ち込むようになってから、
何かが変わった。

突き放された、と感じた。

マルクは努力をやめ、
何事にも真面目に向き合わなくなった。
いつも周囲を困らせている。

それから私は、
兄に期待しなくなったのだ。

「……嫌われているんです」

ぽつりと、そう言った。

ナナは、静かに首を振った。

「そんなこと、ありませんよ」

その一言だけで、
胸の奥が、少しだけ温かくなった。