第3部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

湯気の立つカップが配られた。

「どうぞ。身体が温まりますわ」

ナナ嬢はそう言って、穏やかに微笑む。

私は両手でカップを包み込み、
一口、温かい飲み物を口に含んだ。

「……はぁ」

思わず息が漏れる。

「生き返るな……」

「本当だ。湖に落ちたあととは思えない」

マルクも同じようにカップを抱えている。
さっきの奇妙な服装のせいで、
余計に間の抜けた光景だった。

「おい、妹!」

マルクがこちらを指さして声を張り上げた。

「なんですか?」

思わず首を傾げると、彼は眉を吊り上げたまま言う。

「お前まで湖に入ってどうする!?」

「それが一番、手っ取り早いかと思いまして」

即答すると、マルクは言葉に詰まったように口を開き、
すぐに閉じて、頭を抱えた。

「……そうじゃないだろ。
もっとあっただろう。他に。やり方が」

「うーぅ……」

小さく声を漏らし、視線を逸らす。
正論だ。反論の余地はない。

しばらく沈黙が落ちる。

マルクは深く息を吐き、
苛立ちを押し殺すように、低い声で言った。

「……だが、助かった。ありがとう」

その一言は、不器用で、ぶっきらぼうで、
それでも確かに本心だった。

私は少し驚いてから、
小さく微笑んだ。

「いえ」