ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用なふたりが、東京で0センチメートルになるまで。~

「いいよ、開けて」

 美絵の弾んだ声に促され、僕はゆっくりと瞼を持ち上げた。

 視界に飛び込んできた光景に、思わず絶句する。

「ジャジャーン! 前夜祭、スタート〜!」

 そこにいたのは、ど派手なプラスチック製の星形サングラスをかけ、首には銀色のモールを巻き付けている美絵。
 頭には不自然に尖ったキラキラのパーティー帽まで載せている。
 手には、赤い千鳥柄のトランプが握られていた。

「百均って、本当に何でもあるんだね。楽しくなっちゃって、いっぱい買っちゃった」
 ただただ僕を喜ばせようと、一生懸命にふざけてくれている。
 その姿が、そして自分だけに向けられたその無邪気な笑顔が、どうしようもなく愛おしくて。

「……なんだよ、それ」
 僕は吹き出しながら、たまらず彼女を腕の中に閉じ込めた。
「わっ」と驚いたような声を上げる彼女を抱きしめると、首に巻かれたモールのカサカサという安っぽい音がした。

「祥ちゃんのもあるからね」
 彼女は僕の腕から抜け出すと、僕にもお揃いのサングラスと帽子、モールを強引に装着し、極めつけに『主役は俺!』と書かれたゴールドの襷を僕の肩にかけた。
 鏡を見るまでもなく、今の僕は相当間抜けな格好をしているだろう。

 けれど、目の前で自分の仕業に満足げに笑う彼女を見ていると、そんなことはどうでもよくなった。

 ◇

 二人でローテーブルを囲んで懐かしいトランプゲームを片っ端からやった。
 彼女が用意してきてくれたポップコーンの塩気と板チョコの甘さを、交互に口へ運ぶ。

「ババ抜きなんて、何年ぶりだろ」
「ね。七並べも、性格出るよね。祥ちゃん、全然カード出さないよね……」

 そんな他愛ない会話や、頬を膨らませる彼女が、今の僕にはどんな贅沢な時間よりも輝いて感じられる。


 笑い合いながら、七並べのカードを回収している時だった。
「祥ちゃん、十八歳最後の日だね。十九歳の抱負は?」
 彼女が膝を抱え、マイクを僕に向けるような仕草で、真面目な顔をして僕を見上げた。

 抱負。
 僕は手を止め、少し考え込む。

 正直に言えば、今はこれ以上望むものがないほど満たされている。
 彼女が、僕を好きで、隣で笑ってくれている。
 この幸せを、一秒でも長く守り抜くこと。それが今の僕のすべてだった。

「……そうだなあ。将来の道が、もう少しはっきり見えてきたらいいかな」
「治療か、教育……だよね?」
 彼女には以前、少し話したことがあった。
「うん。スポーツを教えるのも好きだけど、怪我をした人を支えるのも、自分の経験が活かせるかなって」
「すごいな、祥ちゃんは。私は……まだ、将来やりたいことなんて全然見つかってないよ」
 彼女が少しだけ焦ったように笑う。

 本当は、もっと深いところにある本音がある。

 やりたいことを職業にできたらいい。
 それは建前じゃないけれど、僕の頑張る理由の根本には、いつも彼女がいる。

 美絵と一緒にいたい。美絵を幸せにしたい。
 だから、その隣にいても恥ずかしくないような、しっかりした男になりたい。

 けれど、その言葉はまるでプロポーズのようで……口にするのは、まだ早い気がして飲み込んだ。