ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用な二人が、東京で0センチメートルになるまで~

授業で出た課題図書の活字を目で追っていた僕だが、内容は全く頭に入っていなかった。
コーチのアルバイトをさせてもらっている少年野球チームの、今週末の練習メニューをどう組み立てるか、そんなことをぼんやりと考えていた時だ。

「――瀬川くん!」
聞き覚えのある、鈴を転がしたような声が耳に届いた。

ビクリと肩が跳ねそうになるのを必死で堪え、努めてゆっくりと顔を上げる。

逆光の中、ふわりと揺れる栗色の髪。
少し息を切らして立っている森さんが、そこにいた。
窓から差し込む午後の日差しを背負って、彼女の輪郭がキラキラと光っている。

「……森さん。学校で会うの初めてだな」
平静を装って声を返したが、心臓は早鐘を打っていた。

(……今の、声上ずってなかったか? 落ち着け、俺。ただの同級生だ。偶然会っただけだ)

自分に言い聞かせるが、彼女が「隣……大丈夫?」と首を傾げた瞬間、心拍がさらに加速するのを感じた。
「あ、ああ。どうぞ」
「ありがとう」
彼女が椅子を引いて座る。
ふわり、と石鹸の香りが鼻をかすめた。

色々なメニューの匂いが充満しているカフェテリアで、彼女の周りだけ空気が澄んでいるように感じた。