ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用な二人が、東京で0センチメートルになるまで~

「今の打球は待たないで前に出ていいよ! もう一回な!」
 ノックバットを振り抜き、ゴロを転がす。
「ハイッ!」
 土まみれの少年が、必死の形相でボールに食らいつく。

 パシッ、と小さなグローブにボールが収まる音が、夏の乾いた空気に吸い込まれた。
「お。今のボール、めっちゃ軌道よかったわ!」

 声を張り上げながら、真剣に少年たちと向き合う。
 この時間が、心から好きだ。
 自分が投げられなくなっても、野球への気持ちは変わらない。
 何より今は、日々少しずつでも確実に成長していく少年たちに、こちらが励ましをもらっている。

「休憩するぞー」
 監督から声がかかった。
 首筋を流れる汗をタオルの端で拭い、大きな水筒で水分補給をする。

 ふと、保護者たちが集まるテントのあたりに目をやる。

 あの日、思い切って送った誘いのメッセージ。
 彼女からはすぐに『行く!』という元気なスタンプと共に返信が来た。
 それから今日まで、カレンダーの日付にバツ印をつける子供のように、この日を待ちわびていた。

 とはいえ、ここは真夏の河川敷だ。
 日陰も少なく、砂埃も舞っている。
 こんなところに彼女を呼び出してしまって、本当によかったのだろうか……という心配も、時間が近づくにつれて大きくなっていた。

「……瀬川コーチ! なんかあそこに、めっちゃキレイなお姉さんいるんだけどー!」

 少年たちが指差した先を追う。
 土手の上から降りてくる、日傘をさした見慣れたシルエット。
 オレンジ色のワンピースの裾が、川からの風をはらんでふわりと揺れている。
「誰かの姉ちゃん!?」
 森さんに気づいた少年たちが次々とざわつき始める。

「あのお姉さんは……コーチのお友達だよ」
「ええっ?!」
「さ、休憩終わり! 行くぞ!」
 騒ぐ少年たちを制し、練習再開に向けて動き出した。

 保護者のお母さんたちに混ざって、遠慮がちに立っているその顔は、間違いなく彼女だった。
(本当に、来てくれた)
 遠目でもわかる、その涼しげで清楚な佇まいは、汗と泥にまみれたこのグラウンドには不釣り合いなほど眩しかった。

 彼女と目が合う。
 距離があるのに、彼女が少しだけはにかんで、腰のあたりで小さく手を振ってくれたのがわかった。

「……よしっ!」
 気合いを入れ直すように、僕は軽く屈伸した。
 浮かれてしまうが、集中しなければ。

「練習再開! お願いしまーす!」
 少年たちに合わせた大きな掛け声が、青空に吸い込まれていった。