ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用な二人が、東京で0センチメートルになるまで~

 一通りの試合が終わり、「三十分まで休憩ねー!」と先輩が大きな声をかける。

 締め切った体育館の空気は、数十人の大学生の熱気と汗で飽和し、冷房がついているはずなのにサウナのような蒸し暑さになっていた。

「……あっつ」
 Tシャツの首元をパタパタと仰ぎながら、風を求めて体育館の入り口へと向かう。

 大きく開け放たれた入り口のドアからは、外の光と、少し湿り気を含んだ風が流れ込んでいた。
 コンクリートの階段に腰を下ろし、スポーツドリンクのキャップを開ける。
 冷たい液体で喉を潤す感覚が気持ちいい。

「……バスケも上手いんだね」

 少し拗ねたようは声がして見上げると、森さんが立っていた。
 彼女のいつもは白い肌も、今は運動後の紅潮でほんのりとピンク色に染まり、額には玉のような汗が滲んでいる。

「さっきはナイスシュートだったな。……座る?」
 少し場所を詰めると、彼女は「うん」と言って、僕の隣にちょこんと座った。

 彼女から、ふわりといつもの石鹸の香りが漂い、自分の汗の匂いが気になって少しだけ距離をとる。

「……瀬川くん、なんで野球だけじゃなくてバスケも上手いの」
 膝を抱えたまま、心なしか少し口を尖らせながら彼女が言った。

(あれ? なんか……拗ねてる?)

 僕は彼女の横顔を覗きながら言った。
「え? まあ、男子の中じゃ普通のレベルじゃないかな。真希さんみたいに経験者じゃないし」
 彼女は前の方を見つめながら続ける。
「でも、すごく慣れてた。パス回しも、シュートも」

 やっぱり、褒めてくれながらも、少し拗ねている。
 理由はわからない。
 ただ、初めて見るその表情がすごく可愛くて、急に、抱きしめたくなる衝動に駆られる。

(――おい。落ち着け、俺)

 気を紛らわせるように、彼女の気持ちを考えてみる。

 もしかして、試合中、気を使いすぎただろうか。
 彼女がボールに触れて楽しめる機会を作りたくて、パスを集めたつもりだったけれど、それが逆にプレッシャーだったのかもしれない。

 彼女の表情を伺いながら、自分の話をしてみることにした。
「バスケは……いつも姉貴とやってたんだよね」
「え、瀬川くん、お姉さんいるんだ」
 彼女が意外そうに、前を向いていた視線をこちらに動かす。
「うん。三つ上の姉貴、中学からずっとバスケ部でさ。俺が小学生の時から、よく練習相手させられてたわ」
「えっ、瀬川くんが?」
「そう。家の近くの公園にゴールがあって、一対一やらされたり、パス出しさせられたり。……姉貴、気が強いから。いつも急に、『今からやるよ』って言われるし。俺、ただの練習相手なのに、『フォームがなってない』とか怒られるし」

 苦笑いしながら当時のことを話すと、彼女は目を丸くして、それからクスクスと笑った。

「ふふふふ……そうなんだ。瀬川くん、お姉さんに敵わないんだね」
「全然。今でも頭上がらないよ。……だから、バスケの動きは、体に染み付いてはいる」
 そう説明すると、彼女は「そっかあ」と納得したように頷いた。

 そして、じっと僕の顔を見つめる。
 その瞳の強さに、ドキリと心臓が跳ねた。

「……どうかした?」
「ううん。……ただ、意外だなって」
「意外?」
「うん。中学生の時は、野球している姿しか知らなかったから。……家ではお姉さんに振り回されてる瀬川くんもいたんだなって」

 彼女の横顔は、さっきまでの寂しげな色は消え、何かを愛おしむような、柔らかな表情をしていた。

 さっき無理やり仕舞い込んだ、彼女を抱きしめたくなる衝動が再び込み上げてきてしまい、手元のペットボトルを握りしめ、誤魔化した。

 彼女の知らなかった、僕の一面を知ってもらえたことに、ちょっとした恥ずかしさもあった。
 でもそれと同時に、こそばゆいような、嬉しさも覚えた。