ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用な二人が、東京で0センチメートルになるまで~

 夕暮れが迫り、空は青から深い茜色へと溶け合うようなグラデーションを描いていた。

 海で遊び疲れた私たちは、賑やかに砂浜でバーベキューの準備を始めている。
 炭火の爆ぜる音、肉の焼ける香ばしい匂い。
 そして冷えた缶ビールのプルタブを開ける軽快な音が、波音に混ざる。

「美絵ちゃん、野菜切ってくれた? ありがとー!」
「あ、いえ! これ、運んでいいですか?」
 先輩にお礼を言われ、切った野菜が乗った大皿を持ち上げようとした、その時だった。
「っと……!」
 深く砂に足を取られ、身体がぐらりとバランスを失う。
 手の中の皿が滑り落ちそうになる浮遊感。

(あっ、落とす!)

 そう思って反射的に目を瞑った瞬間、グイッ、と強い力で腕を引き上げられた。

「――大丈夫?」
 耳元で、低く落ち着いた声がした。

 はっと目を開けると、すぐ目の前に瀬川くんの広い胸が迫っていた。
 彼が私の腕を支え、もう片方の手で、落下しかけた皿をしっかりとキャッチしてくれている。

「あっ……ご、ごめん!」
「足元、砂が深いから気をつけて」
 彼はそう言って皿をテーブルに置くと、私を支えていた手をゆっくりと離した。

 一瞬だけ触れ合った、彼の手のひらの熱さと、ゴツゴツとした固さ。
 そして、ふわりと鼻をかすめた、彼の日焼け止めと、微かな制汗剤の混じった男の子の香り。

「……ありがとう。助かった」
「いーえ」
 瀬川くんは穏やかに微笑んで、すぐに同期の男子に呼ばれて焼き場の方へ戻っていった。

 心臓が、早鐘を打って痛い。

 助けられた安堵だけじゃない。
 彼に触れられた腕の皮膚が、そこだけ熱を持って痺れたまま。

 右腕で引いてくれたけれど……中学時代に怪我をした肩は大丈夫だっただろうか。

 さっきの、私を守るように支えてくれた腕の強さ。
 私を見下ろした時の、心配そうな、でもどこまでも優しい瞳。

(力、強いんだなあ……男の子だなあ)

 夕暮れの湿った風が、熱った頬を冷やしていく。
 けれど、胸の奥に灯った火照りだけはどうしても消えない。


 いずみが言っていた言葉が、波のリズムに合わせて繰り返し蘇る。
『美絵が、これは恋がいいって思ったら、それはもう恋でいいと思う』

 私は、彼の手のぬくもりを、もっと知りたいと思っている。
 もっと近くで、あの香りに包まれたいと願っている。

 尊敬とか、憧れとか、そんな綺麗な言葉でラッピングして誤魔化していたけれど。
 私はただ、彼という男の子に、惹かれているんだ。

(……私きっと、『これは恋がいい』って思ってるんだ)

 波打ち際に寄せる白い泡を見つめながら、心の声が呟いた。
 その言葉は、不思議なほどすんなりと、私の心に染み渡っていく。

 自分の心を認めた瞬間、今まで見ていた景色が、一層鮮やかに、そして切なく色づいて見えた。