ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用な二人が、東京で0センチメートルになるまで~

 買い物を終えた私たちは、モールの二階にあるカフェに入った。

 歩き疲れた足に、ソファの座り心地が優しい。

 テーブルの上には、水滴のついたアイスカフェラテと、季節限定の桃のタルト。
 周りには、私たちと同じようにテスト明けを楽しむ学生や、涼みに来た家族連れで賑わっている。

「……で? どうだったの、看病のあと」
 いずみがフォークでタルトを突きながら、核心をついてきた。

 私はストローを口から離し、観念してあの夜のことを話した。

 図書館で倒れかけた彼を助けたこと。
 その夜、心配でメッセージをしたこと。
 彼が『お風呂入っていい?』なんて聞いてきたこと。
 そして、『サンキュ』という言葉に、舞い上がってしまったこと。

 話し終えると、いずみは頬杖をついて、じっと私を見ていた。
 その丸い瞳が、キラキラと楽しそうに輝いている。

「……いや、それさあ」
 いずみが呆れたように、でも嬉しそうに言った。
「もう、好きどころか、大好きじゃん!」

 ガタン、と私がスプーンを落としそうになる音。

「だ、大好きって……」
「美絵、鏡で自分の顔見てみなよ。話してる間、ずっと顔、フニャってたよ」
「うそ……」

 私は慌てて両手で頬を覆う。熱い。

「でも、わかんないんだよ……」
 私は俯いて、カフェラテの氷をストローでカラン、と回した。
「これが、恋愛の『大好き』なのか、人としての『大好き』なのか。……中学の頃から、勝手に自分のヒーローみたいに思ってて。尊敬してて、信頼してて。……だから、このドキドキも、憧れの延長線上にあるものなのかもしれなくて」

 言葉にすればするほど、迷宮に入り込んでいく気がする。
 恋愛小説に出てくるような、雷に打たれたような衝撃もなければ、全てを投げ出したくなるような情熱とも違う気がする。

 ただ、彼がそばにいると安心する。
 彼の言葉一つで、世界の色が変わる。
 それは、友情や尊敬と、どう違うのだろう。

 いずみは、私の混乱を受け止めるように、ゆっくりとコーヒーを一口飲んだ。
 そして、優しく微笑む。
「あのね、美絵。恋愛の大好きか、人としての大好きか。……よくよく考えてみたら、その境界ってすごく曖昧かもしれない」
「曖昧……?」
「うん。人として尊敬できない人を、恋愛として好きになれる? 友達として楽しくない人と、恋人になって楽しいかな?」

 いずみの言葉が、ストンと胸に落ちる。

「どっちか一つに決めなきゃいけないわけじゃないし、正解なんて誰も知らないよ」
 彼女は窓の外、真夏の強い日差しを眩しそうに見つめた。
「美絵が、『これは恋がいい』って思ったら、それはもう恋でいいと思う。答えはないし、自分で決めてみたら?」

「『恋が、いい』かあ……」
 その言葉を、口の中で転がしてみる。

 もし、この胸の痛みが「恋」だとしたら。
 この切なさも、不安も、歓びも、すべて「彼に恋をしている」からだとしたら。
 不思議と、怖くはなかった。
 むしろ、霧が晴れていくように、視界がクリアになる感覚があった。

「……そっか」
 私が顔を上げると、いずみは「そうだよ」と力強く頷いてくれた。

「合宿、ほんと楽しみ! 新しい水着も買ったし、ね?」
 いずみの悪戯っぽい笑顔に、私は今度は逃げずに、小さく頷き返した。

「うん……頑張ってみる」

 ――頑張ってみる? 何を?
 自分で言っておいて、何を『頑張る』のかは、まだ自分でもよくわからない。

 けれど、この夏は、今までとは違う夏になることだけは、わかっていた。

 ミントグリーンの水着が入った紙袋をぎゅっと握りしめると、ショッピングモールの冷房の中でも、指先が熱く脈打っていた。