ワンルームの部屋は、テレビをつけているにもかかわらず、しんと静まり返っているように感じる。
冷蔵庫の運転音が、時折ブーンと低い唸り声をあげて、私の不安を煽るようだった。
ベッドの上で膝を抱えながら、ぼんやりと光るスマートフォンの画面を見つめる。
時刻は、二十一時を回っていた。
「……大丈夫かな」
口をついて出るのは、今日何度目かわからない独り言だ。
心配しているのは、もちろん瀬川くんのこと。
タクシーに乗せたときの、あの焼けるような体温と、荒い呼吸が記憶に残っている。
誰もいない部屋で、ちゃんとベッドまで辿り着けただろうか。
水は飲めたかな。ごはんは食べられたかな。
実家なら家族がいてくれるけれど、彼は私と同じく、地元から遠く離れた地での一人暮らしだ。
もし、悪化して倒れてしまったりしたら……。
迷った末に、親指を動かした。
『体調どうかな?』
送信ボタンを押すと、画面の上に吸い込まれるように流れていく。
既読がつかない時間が、ひどく長く思えてならない。
ローテーブルに置いているラベンダーのディフューザーが、今日はなぜか少しキツく香る。
スマホを握りしめたまま、じっと待つこと数分。
――ブブッ。
手のひらに短い振動を感じて、すぐにメッセージを確認する。
『おかゆ食べて、もらったスポドリ飲んで寝たら、三十七度台まで下がったよ。心配かけてごめん』
「ふうーっ……」
その文字を見た瞬間、長く息が漏れた。
(よかった。本当によかった)
張り詰めていた肩の力が抜け、シーツに沈み込む。
『よかった……! でもまだ微熱はあるんだから、油断しないでね』
そう返信しようとして、指を止める。
(なんか、お母さんみたい。もっと、こう……)
『よかったあ! 安心した。ゆっくり休んでね』
(うん。これならいいかな)
送信して、スマホをサイドテーブルに置こうとしたら、すぐに既読がついた。
そして、新しい吹き出しが現れる。
『あとさ。ひとつ聞いていい?』
『なに?』
その場で返す。
『熱あるときって、風呂入っていいんだっけ? 汗かいて気持ち悪くて』
思わず笑みがこぼれた。
ネットで調べるのではなく、私に問いかけてくれたことが、どうしようもなく嬉しかったからだ。
『高い熱じゃなければ、さっと入るくらいなら大丈夫だよ。でも、湯冷めしないようにすぐ髪乾かしてね』
そう送ると、すぐに返事がきた。
『サンキュ』
「ありがとう」でも、「助かる」でもなく、「サンキュ」。
たった四文字の、砕けたカタカナ。
これまで事務的な連絡事項しかなかった私たちのトーク履歴の中で、その文字だけが、ポッとあたたかい色を持って見えた。
「サンキュ、かあ……」
口に出して反芻してみる。
その響きは、私と彼との距離が、ほんの数センチだけ縮まった証のような気がした。
そこでふと、頭をよぎる。
真希さんと楽しそうに野球の話をしていた彼。
ファミレスでクラスの女の子たちに囲まれていた彼。
(他の人とも、こんなふうにメッセージしてるのかな)
正人くんとは、もっと雑な感じでやりとりしてるだろうし、真希さんとは野球の話でもっと盛り上がっているのかもしれない。
「サンキュ」なんて、挨拶のひとつだ。特別でもなんでもない。
そう自分に言い聞かせるけれど。
画面の中で光るその文字を見ると、胸の奥が甘く痺れるような感覚が消えなかった。
冷蔵庫の運転音が、時折ブーンと低い唸り声をあげて、私の不安を煽るようだった。
ベッドの上で膝を抱えながら、ぼんやりと光るスマートフォンの画面を見つめる。
時刻は、二十一時を回っていた。
「……大丈夫かな」
口をついて出るのは、今日何度目かわからない独り言だ。
心配しているのは、もちろん瀬川くんのこと。
タクシーに乗せたときの、あの焼けるような体温と、荒い呼吸が記憶に残っている。
誰もいない部屋で、ちゃんとベッドまで辿り着けただろうか。
水は飲めたかな。ごはんは食べられたかな。
実家なら家族がいてくれるけれど、彼は私と同じく、地元から遠く離れた地での一人暮らしだ。
もし、悪化して倒れてしまったりしたら……。
迷った末に、親指を動かした。
『体調どうかな?』
送信ボタンを押すと、画面の上に吸い込まれるように流れていく。
既読がつかない時間が、ひどく長く思えてならない。
ローテーブルに置いているラベンダーのディフューザーが、今日はなぜか少しキツく香る。
スマホを握りしめたまま、じっと待つこと数分。
――ブブッ。
手のひらに短い振動を感じて、すぐにメッセージを確認する。
『おかゆ食べて、もらったスポドリ飲んで寝たら、三十七度台まで下がったよ。心配かけてごめん』
「ふうーっ……」
その文字を見た瞬間、長く息が漏れた。
(よかった。本当によかった)
張り詰めていた肩の力が抜け、シーツに沈み込む。
『よかった……! でもまだ微熱はあるんだから、油断しないでね』
そう返信しようとして、指を止める。
(なんか、お母さんみたい。もっと、こう……)
『よかったあ! 安心した。ゆっくり休んでね』
(うん。これならいいかな)
送信して、スマホをサイドテーブルに置こうとしたら、すぐに既読がついた。
そして、新しい吹き出しが現れる。
『あとさ。ひとつ聞いていい?』
『なに?』
その場で返す。
『熱あるときって、風呂入っていいんだっけ? 汗かいて気持ち悪くて』
思わず笑みがこぼれた。
ネットで調べるのではなく、私に問いかけてくれたことが、どうしようもなく嬉しかったからだ。
『高い熱じゃなければ、さっと入るくらいなら大丈夫だよ。でも、湯冷めしないようにすぐ髪乾かしてね』
そう送ると、すぐに返事がきた。
『サンキュ』
「ありがとう」でも、「助かる」でもなく、「サンキュ」。
たった四文字の、砕けたカタカナ。
これまで事務的な連絡事項しかなかった私たちのトーク履歴の中で、その文字だけが、ポッとあたたかい色を持って見えた。
「サンキュ、かあ……」
口に出して反芻してみる。
その響きは、私と彼との距離が、ほんの数センチだけ縮まった証のような気がした。
そこでふと、頭をよぎる。
真希さんと楽しそうに野球の話をしていた彼。
ファミレスでクラスの女の子たちに囲まれていた彼。
(他の人とも、こんなふうにメッセージしてるのかな)
正人くんとは、もっと雑な感じでやりとりしてるだろうし、真希さんとは野球の話でもっと盛り上がっているのかもしれない。
「サンキュ」なんて、挨拶のひとつだ。特別でもなんでもない。
そう自分に言い聞かせるけれど。
画面の中で光るその文字を見ると、胸の奥が甘く痺れるような感覚が消えなかった。



