ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用な二人が、東京で0センチメートルになるまで~

 世界が熱で揺らいでいる。

 真夏の暑さではなく、自分が発している熱さであることはわかっていた。

 右腕を支えてくれている手の冷たさと、そこから伝わる微かな震えだけが、現実の輪郭を保たせていた。

「ごめん……重いから。一人で歩くから」
「ダメ! とりあえず、あそこのソファまで行こう?」

 森さんの声が、熱に浮かされた頭に優しく響く。

 ラウンジの隅にあるソファに座らせられると、彼女は「待ってて」と言い残して、走り去った。

 情けない。
 よりによって彼女の前で、こんな無様な姿を晒すなんて。

 額に滲む汗を拭う気力もなく、僕は天井のシミをぼんやりと見つめていた。


 数分後、戻ってきた彼女の手には売店の袋が握られていた。

 水、スポーツドリンク、冷却シートをテキパキと取り出す。

「はい、これ。とりあえず、首の後ろ冷やして! 瀬川くん、めちゃくちゃ熱いから……」
 彼女は僕の隣に座ると、躊躇うことなく冷却シートのフィルムを剥がした。

「……あ……自分でやるよ」
「いいから。じっとしてて」
 彼女の言葉には、不思議な強さがあった。

 僕は観念して、少し頭を下げる。
 さらり、と彼女の柔らかいが僕の頬をかすめた。
 ひんやりとしたシートが首筋に貼られる。
 その冷たさと、彼女の指先が触れた熱さが同時に走り、背筋がゾクリと震えた。

「……ありがとう」
「お水とスポーツドリンクもあるよ。飲める?」

 キャップを開けて渡してくれたペットボトルの水を、貪るように飲む。
 乾いた砂漠に雨が染み込むように、水分が身体に行き渡る。

 一息ついて息を吐くと、隣で森さんが心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
 その瞳には、ただただ純粋な、僕を案じる色だけが揺れていた。

「……無理、しないで」
 ぽつりと、彼女が言った。

「頑張ってる瀬川くんを、いつもすごいなあって思ってるけど……体は壊さないでね」
 彼女の声が、少しだけ切な気になる。

 森さんのそれは、言葉にこそしなかったが、中学時代の僕が、投げ続けて肩を壊したことと重ねているように聞こえた。

「……適度な休憩って、いまだに苦手なんだよね。もっと器用になれたらいいんだけど」
「うん……」
 彼女は視線を膝元に落とし、スカートの布地をぎゅっと握りしめた。

「もし、何か困ったことがあれば」
 言葉を探しながら話しているのか、ゆっくり、少しずつ、紡いでいる。
「他の友達でも、……私でも。誰でもいいから。頼ってね」

 少し間を空けて、彼女はまた僕を見た。
 今度は、真っ直ぐに。

「私は、頼ってほしいな、って思うの。……友達、なんだし」

 ――『友達』。

 その言葉が、熱のある身体に深く、重く染み込んだ。

 恋人ではない。けれど、ただの同級生でもない。
 彼女が引いてくれたその境界線は、切なくもあるけれど、今の僕には何よりも心地よい位置だった。

「……うん。ありがとう、森さん」

 素直に頷くと、彼女はようやく安心したように、ふわりと笑った。

 その笑顔は、中学時代にグラウンドで見た、あの太陽のような笑顔と同じだった。

 熱のせいだろうか。
 胸の奥が締め付けられるように痛いのは。