ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用な二人が、東京で0センチメートルになるまで~

「でさ、今のスライダー、キレあんだけど落ちが早すぎない?」
「そうですね。バッターの目線が切れる前に落ちてるから、見極められやすいかも」
真希さんの野球談義は鋭く、そして止まらない。

先輩の隣で相槌を打ちながら、僕は内心、落ち着かない気分でいた。
視線の先、通路を挟んだ向こう側に、森さんの姿を見つけた。
照明を弾く栗色の髪が、天使の輪のように艶めいている。
正人や、同期のいずみという子と話しているようだが、その表情はどこか曇って見えた。

(……本当は、あっちに座りたかったんだけど)
そんな本音が喉元まで出かかり、球場に入る直前に買った麦茶で強引に流し込む。

彼女が野球観戦を楽しめていれば、それでいい。
そう自分に言い聞かせても、ふと長いまつ毛を伏せる彼女の横顔が気になって仕方がなかった。

「おーい、祥くん。聞いてる?」
「あ……すみません。聞いてます」
「もー。あ、私ちょっとビール買ってくるわ」
真希さんが席を立ったタイミングで、森さんも席を立って通路へ出ていくのが見えた。手にはハンカチを持っている。
トイレだろうか。
ここからトイレへ行くには、酔っ払いでごった返すコンコースを抜けなければならない。さっき、いかにもナンパしそうな男たちの集団を入り口で見かけたばかりだ。

あんなに目立つ彼女が、一人で歩いていたら……。

「……ちょっと、すみません」
僕は考えるより先に腰を上げていた。
「あれ、どっか行くの?」
すぐに戻ってきた真希さんに、「すぐ戻ります」とだけ告げて、僕は通路へ飛び出した。