ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用なふたりが、東京で0センチメートルになるまで。~

 ◇

 気づけば、私を家まで送っていく時間になっていた。

「……よし。じゃあ……」

 祥ちゃんが区切りをつけて立ち上がろうとした瞬間。

 私は彼の腕をスルッとすり抜け、部屋の対角線上へとダッシュで逃げた。

「あれ……またか?」

 祥ちゃんが、優しく呆れたような笑みを浮かべる。

「……美絵ちゃん?」

 最近、彼が困った時や私を甘やかす時に使う、この『ちゃん』付け。
 呼ばれるたびに、胸の奥がキュンと甘く締め付けられる。

 捕まえようと近づいてくる彼から逃げ回り、狭い部屋の中を二、三周したところで、私はベッドの上にダイブして毛布にすっぽりと潜り込んだ。

「やだ! 今日は帰らない」

「……美絵ちゃーん?」

 バサッと毛布を引き剥がされる。

『……ダメ?』と、上目遣いで無言の訴えかけをする私。

 数秒間、じっと私を見つめ返していた祥ちゃんは、やがてふっと息を吐いて降参した。

「……今日だけだな」

 その言葉を聞いた私の心は、パーッと舞い上がる。

「やったー!」

 実は『今日だけ』と言いながら、もう何回か、このワガママを受け入れてもらっている。

 嬉しくなって、ベッドに寝転がったまま彼の首元に腕を回してしがみつく。
 バランスを崩した祥ちゃんは、私に引き込まれるようにしてベッドへ倒れ込み、私の上に覆い被さる形になった。

 至近距離で目が合う。
 彼は愛おしそうに私の髪を撫でると、私の甘えに流されるように、何度も温かいキスをくれた。

(……大好き)
 心の中でそっと呟く。

 彼の温もりに包まれるこの瞬間が、何よりも一番幸せだった。

 自分が彼のことを大好きだと思えば思うほど、最近、少しだけ不安になることがある。
 祥ちゃんは、優しくて、かっこよくて、真面目で、本当に完璧な彼氏だ。

 たとえば。遠く離れた東京で、親の目もないのだから、どちらかの家に泊まりっぱなしの半同棲状態になったって、誰にもバレやしない。
 だけど、たまに私が「泊まりたい」「泊まっていって」と甘えてみても、「ダーメ」と優しくたしなめられてしまう。

「もう……真面目だなあ」とむくれることもあるけれど、彼がきちんとけじめをつけようとしてくれるのは、学生としての二人の生活をしっかり成り立たせようと考えてくれているからだと、本当はよく分かっている。

 そして、彼がそうやって生活の土台を整えてくれているからこそ、私は安心して、思い切りワガママを言って甘えることができる。

 そういう誠実なところや包容力も含めて、彼の素晴らしさを実感するたびに、私の胸には小さな不安がよぎる。

『こんなに素敵で完璧な彼なら、他の女の人から見ても絶対に魅力的に映るに決まっている』
 そんな心配が拭えないのだ。

 彼がサークルやクラスの女の人と親しそうに話しているのを見るだけで、チクリとやきもちを焼いてしまい、彼を困らせてしまうことも増えた。

 もちろん、祥ちゃんが心変わりするなんて欠片も思っていない。
 彼からの愛情は、日々の言動や甘い表情から痛いほどに伝わってくる。

 ただ純粋に、彼が『最強の彼氏』すぎるから心配なのだ。

(……私、ちゃんと彼の隣に相応しい彼女でいられてるかな?)

 そう少しだけ焦ってしまうのだ。