ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの初恋が熱を持った。不器用に重なり合うふたりの想いが、やがてひとつの場所へとたどり着くまでの甘い軌跡~【5/27完結予定】

 大学の講義棟の裏手にあるサークル棟は、いつ訪れても独特の湿気と埃っぽさが漂っている。
 狭い部室のドアを開けると、古びたソファの革の匂いと、誰かが置きっぱなしにしたスナック菓子やチョコレートの匂いが鼻をついた。

 窓から差し込む西日が、宙を舞う無数の塵をキラキラと照らし出している。

 ソファには二日酔いで沈没している先輩が一人。
 新調されたばかりの小さなテーブルでは、女子の先輩たちが授業の合間の暇つぶしに花を咲かせている。

 古いパイプ椅子に浅く腰掛けると、ミシッ、と頼りない音がした。
 僕は自販機で買った、すでにぬるくなったコーヒーを啜った。

「でさあ! 実際どうだったんだよ、中学時代のヨッシーは!」

(……おいおい、『ヨッシー』って……)

 向かいの椅子で、正人が身を乗り出してくる。
 その瞳は、新しいおもちゃを見つけた子供のように輝いていた。

 正人は天性の人たらしだ。
 無遠慮に距離を詰めるくせに、不思議と相手に合わせる絶妙な加減を知っている。

 森さんはサークルの飲み会を何度か重ねても、まだほとんどの奴には人見知りしているようだが、正人は持ち前のスキルで、あっという間に「あだ名呼び」まで辿り着いていた。

 あの森美絵を、わずか一か月足らずで『ヨッシー』と呼ぶなんて。
 僕には口出しする権利なんてないけれど……正人の対人能力には、もはや尊敬を通り越して呆れてしまう。

「どう、って……言っただろ。高嶺の花だったって」
「いやいや、もっと具体的によ! 告白されたり、彼氏がいたりとかさ」
 正人の無遠慮な質問に、僕は苦笑して首を振る。
「……俺の知る限り、森さんにアタックできる中学生男子はいなかったわ」
「マジ? 誰も?」
「ああ。あまりに住む世界が違いすぎて、告白する勇気のある奴なんていなかったんじゃないかな。みんな遠くから見てるだけ。森さん、オーラがありすぎて……同い年と思えなかったし」

 廊下で友達と笑っている姿、グラウンドで軽やかに宙を舞う姿。
 校内で見かける彼女は、いつも光の中にいた。

 男子生徒たちは教室の隅で、「森さんが笑った」「髪を切った」と噂話をするのが精一杯だった。
 もしかしたら、玉砕覚悟で挑んだ猛者がいたかもしれないが、その武勇伝が僕の耳に届くことはなかった。

「ふーん。じゃあ、彼氏は?」
「いなかったと思うよ……学校には」

 嘘は言っていない。
「学校には」いなかった。
 けれど、その言葉を口にした瞬間、喉の奥に小さな棘が刺さったような痛みが走る。