ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用なふたりが、東京で0センチメートルになるまで。~

 ◇

 地元の駅に着き、改札にスマホをかざす。
 ワインレッドの新しいスマホケース。
 クリスマスにお互い欲しいものが思い浮かばず、『じゃあ、お揃いにしようか』と祥ちゃんとプレゼントし合ったものだ。
 彼はネイビーを使っている。

 駅舎を出ると、キンと冷えた空気が肺の奥まで入り込んできた。
(……ああ、帰ってきたなあ)
 この冷たさが、故郷の記憶を呼び起こさせる。

 ロータリーに見慣れた車を見つけた。
 運転席から父が激しく手を振り、助手席で母が微笑んでいた。

「美絵! 風邪ひいてないか? 友達とは仲良くやってるか? バイト、キツくないか?」
 車に乗り込むなり、父のマシンガントークが炸裂する。
「面白い野球番組を録画しておいたんだ、夜に一緒に観るぞ!」
「うんうん。何から答えればいい?」
 私はその勢いに思わず笑ってしまう。
「もう、お父さん。一週間前からソワソワして、美絵が帰ってくるの待ちきれなかったのよ」
 母の言葉に、父は「当たり前だろ!可愛い一人娘なんだから……」と照れてしまう。
 変わらない愛情に、心がじんわりと解けていった。

 ◇

 大混雑のスーパーで買い出しを済ませ、懐かしい我が家の匂いに包まれた頃、降りしきる雪がさらに強まっていた。
「少し雪かきしてくる」と大きなスコップを抱えた父が外へ出ていき、家の中には私と母の二人きりになった。

 台所で夕飯の支度をする母の背中を眺めながら、温かいお茶をすする。
 ふと、ずっと聞きたかったことが口をついて出た。
「……ねえ、お母さん。中学の同級生だった、瀬川くんって覚えてる? ピッチャーで有名だった……」
「え?」
 数秒間、記憶を辿った母はすぐに彼を思い出した。「あー! 覚えてるわよ。すごく上手で、強豪校に推薦決まってた子でしょう?」
 そして「あの野球好きなお父さんのことだし、お父さんも覚えてるかもね」と付け足した。

(やっぱり、お母さんも覚えていたんだ)

「……その人とね、大学のサークルで偶然再会したの」
「ええっ! そんな偶然あるのねえ!」
 母は驚いた声をあげた。

 そして少しの間をおいた後、ニヤリといたずらっぽく笑いながら私の方を振り返った。

「……もしかして。付き合ってたりするの?」

「えっ!? なんでっ!?」
(私、今そんなに怪しかった!?)

「だって、美絵が男の子の話するなんて珍しいし。それに、この前いきなり『中学の卒アル送って』なんて言ってきたじゃない。彼の写真が見たかったのかなーって」
「…………」

 図星すぎて、否定するタイミングを完全に逃してしまった。
(私、誰かに何かがこうやってバレるの多すぎじゃない!? よっぽど隠し事が下手なのかな……)

 私の沈黙を肯定と受け取った母は、さらに楽しそうに目を輝かせる。
「同級生と再会してお付き合いなんて、素敵じゃない! あ、でも。お父さんにはまだ言わないほうがいいわね」
「……なんで?」
「好き合ってる二人が、東京で目と鼻の先に住んでるなんて知ったら、あの人、心配で夜も眠れなくなっちゃうかも。追々ね、追々!」

「…………」
 身に覚えがありすぎる私は、ただ黙ってお茶を飲むしかなかった。

 母もひと休みがてら、テーブルの私の向かいに腰を下ろした。
 お茶を啜りながら、とても楽しげな様子で続ける。
「ねえねえ、その瀬川くんは帰省してないの? 顔見てみたいわあ」
「……明日の朝、こっちに帰ってくるって」
「あら! じゃあ、明日のお昼、近所の公園で自治会の餅つき大会があるでしょう? そこに彼を呼びなさいよ!」
「へっ!?」
 思いもよらない提案に、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
「お父さんには『ただの同級生』って紹介すれば大丈夫だから! ね?」
「ちょっと、お母さん!?」
 勝手にどんどん話を進める母の勢いに、私はただ面食らうばかりだ。

 けれど、無理やりだと思いながらも、私の胸の鼓動は期待で少しずつ速くなっていく。

(……もし明日、本当に祥ちゃんに会えたら)

 雪の降る窓の外を眺めながら、私はまだ見ぬ明日の再会を、静かに願い始めていた。