第一部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

そろそろオーウェンが戻ってくるだろうか…
そう思っていたら慌ただしい足音が響いた。

「――殿下!」

勢いよく飛び込んできたのは、オーウェンだった。
呼吸が乱れ、額にはうっすらと汗が浮いている。

「孤児院で……女の子の持つ宝石が暴走しています!」

その言葉に、2人の空気が一変した。

セナがすっと鋭い目を向ける。
一瞬だけ目を閉じてから、オーウェンを見た。

「場所は」

「中庭脇の遊戯室です。すでに感情への侵食が――」

そこまで聞いて、二人は顔を見合わせた。

言葉はいらなかった。

「こちらです」

セナがうなずいて先導する。

――最悪の場合、剣の使用も辞さない。
そんな覚悟を、それぞれが胸に抱いていた。



遊戯室の扉を開けた瞬間。

想定していた光景は、そこにはなかった。

暴走する宝石の閃光も、
泣き叫ぶ声も、
張りつめた魔力の圧も――ない。

そこにあったのは、
床に座り込む一人の少女と、
その前に膝をつくティアナ嬢の姿だった。

ミヤは熊のぬいぐるみを胸に抱き、
まだ涙の跡は残っているものの、呼吸は落ち着いている。

宝石は――静かだった。

「……終わっている?」

セナが、信じられないものを見るようにつぶやく。

即座にティアナ嬢に目をやる。

剣は、鞘に収まったまま。

抜かれた形跡はない。

「ティアナ嬢」

名を呼ぶ。

ティアナはゆっくりと振り返り、立ち上がった。
その表情には、わずかな疲労と――確かな達成感があった。

「もう大丈夫です。
完全に安定しました」

「共鳴……?」

オーウェンが思わず声を漏らす。

「剣は使っていないのか?」

私の言葉に、ティアナはうなずいた。

「はい。
殿下が勧めてくださった本で読んだ方法を……はじめて実践しました」

セナの目が、驚きに見開かれる。

「お嬢様そんな危険なことを…」

ティアナは少しだけ苦笑した。

「正直、成功する確信はありませんでした。
でも、もう大丈夫そうです」

少女がもつ熊のぬいぐるみの宝石を見つめる。
そこには、もはや濁りは感じられない。

「……見事だ」

ほんとに彼女は私の創造を容易く超えてくる。


「間に合わなかったかと…」

オーウェンは安堵したように肩を落とす。