第一部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「顔を上げて。私を見て」

ミヤの瞳は涙で揺れていた。

「……わたし、捨てられたんだよ……」

捨てられた?
確かに孤児院に来る理由は様々だ。
だけどミヤの経歴を思い出す。


「それは、嘘よ」

はっきりと、否定する。

「ミヤ。あなたの両親は、事故で亡くなった。
不幸な、どうしようもない事故だった」

ミヤの目が見開かれる。

「……うそ……わたしなんていらない」

「本当よ。誰も、あなたをいらないなんて言っていない」

宝石の光が、一瞬揺らぐ。

私は続けた。

「この世界にはどうしょうもできないことだってあるの。
みんなに等しく優しい世界ではないの」

ミヤは唇を噛みしめる。

「でもね…残された者は、選べる。
不幸に飲み込まれるか、強く、正しく生きようとするか」

剣の宝石が淡く輝く。
抜かずとも、その波動がミヤのぬいぐるみの宝石と対話しているような気がする。


「あなたは、いらない子じゃない。
ここに生きている、それだけで意味がある」

ミヤの呼吸が、少しずつ落ち着いていく。
だけどまだ…足りない
思い出せ。

埃の匂いがする古い書庫。
古書店でディラン殿下が勧めてくれた一冊の本。

「浄化とは、断つことではない。
同質の宝石は、刃を介さずとも響き合い、
心の歪みを正しい位置へ戻す」

(……共鳴)

読んだだけだ。
実際にやったことは、一度もない。

失敗すれば、どうなるか分からない。

それでも――。

私は剣の柄を強く握りしめたまま、抜かなかった。
代わりに、柄の中央に埋め込まれた宝石に、そっと指先を当てる。

ラピスラズリ…どうか 私に力を。
ひやり、とした感触。
まるで深い水に指を沈めたような静けさ。