第一部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

喉が、ひりつくほど乾いた。

自然と、あのお嬢様の顔が浮かぶ。
幼い頃から、魔宝石の前では決まって表情を曇らせた少女。
「嫌な気持ちがする、黒いモヤがみえる」と、小さな声で言った。

魔宝石の悪意を感じ取っていた。
それを、私は偶然だと思い込んでいた。

だが――
もし、あれが覚醒の兆候だったとしたら。

そして、アドルフ様が
その事実を、最初から知っていたとしたら。

アイリス様の研究を封印した理由は?

――守るためか。
それとも、来るべき時のために、隠していたのか。

書類の末尾にあった、たった一行が脳裏に焼きつく。

「研究は中断。
 だが、条件が整い次第、再開の可能性あり」

条件とは、何だ。

年齢。
魔力量。
精神の成熟。
共鳴の自覚。

そして、それらすべてが――
お嬢様の成長とともに、確実に揃いつつある。

私は、無意識のうちに拳を握りしめていた。

知らなければよかった、とは思わない。
だが、知ってしまった以上、
もう私は“従うだけの執事”ではいられない。

お嬢様は、実験体ではない。
器でも、代替品でもない。

――守らなければならない。

たとえ、
この屋敷の主を敵に回すことになったとしても。

ランプの炎が、ひときわ大きく揺れ、静かに落ち着いた。

この屋敷は、
長い時間をかけて、次の犠牲を待っている。

そんな予感だけが、
夜の底で、確かな輪郭を持ち始めていた。