第一部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「……どうして、そんな泣きそうな顔をしてるの?」

震える声で、そう尋ねる。

強い騎士のはずのテオが
今にも泣き出してしまいそうな瞳で、
ただ黙って、私を見つめ返していた。

「お嬢さま……結婚、するの?」

「すぐにはしないわ」

「でも、いつかはするんでしょ?」

「うーん……まあ、いつかはね。
それも、ラピスラズリ伯爵家に生まれた者の務めだから」

一瞬、彼の指先が強張った。

「……そしたら、お嬢さまは俺を捨てるの?」

その言葉に、胸がきゅっと締めつけられる。

頬に触れていた私の手に、
テオがそっと自分の手を重ねた。

――ああ、そういうことだったのね。

何をそんなに不安そうな顔をしているのかと思っていたけれど、
彼はずっと、私が遠くへ行ってしまう未来を怖れていたのだ。

「捨てるなんて……そんなこと、しないよ」

そう答えながらも、喉の奥が少しだけ苦しくなる。

「テオ、今の生活はどう?
……好き?」

「……好きだよ。この生活が」

迷いのない声。

「お嬢さまが、いてくれるから」

その一言が、胸に深く突き刺さる。

「でも……もし、お嬢さまがいなくなったら。
俺、ここにいる意味なんて……ない」

私の手を握る力が、徐々に強くなっていく。

騎士団員たちが思わず身構えるほどの、その手。
けれど今は――

頼りなく、怯えるように、
小さく震えていた。