第一部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

ティアナ side

書斎で書類の確認をしていると、廊下から足音が聞こえた。

――珍しい。

彼がここまで来るのは、何かあった時だけだ。

トントン、と扉を叩く音。

「どうぞ」

「失礼いたします」

「どうしたの? セナ」

顔を上げると、相変わらず均整のとれた美しい体躯と、涼しげな目元。
けれどその表情には、わずかな迷いが滲んでいた。

「お忙しいところ、申し訳ありません」

「堅苦しい挨拶はいいわ。それで、何かあったの?」

セナは一瞬視線を伏せ、声を落として言った。

「実はここ1週間ほど、テオの様子がおかしくて……。
食事も睡眠も、ほとんど取れていないようです」

胸の奥が、ひくりと痛んだ。

「それだけでなく、夜中に騎士寮を抜け出す姿も何度か確認しています」

――やっぱり。

脳裏に浮かぶのは、あの日の訓練場。

深紅に染まった刀身。
感情を剥き出しにした斬撃。
そして――私が、2人の間に割って入った瞬間。


あの時、私は正しかったのだろうか。

止めることしか、できなかったけれど。
彼の心に、きちんと触れられていただろうか。