第一部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「では……サーフェスとお呼びしますね。
私は、ルナとお呼びください」

そう名乗ると、仮面の男は小さく頷いた。
それだけで、この場に“名前を持つ者”として認められた気がした。

「続けて」

促す声は穏やかだが、逃げ道はない。

私は一度、指先を握りしめてから口を開いた。

「最近、巷で起きている宝石に関する事件をご存じですか」

サーフェスの視線が、わずかに鋭くなる。
だが、口は挟まない。

「その事件では、怪しい宝石に魅せられ、大切な人が傷つきました」

胸の奥が、きしりと音を立てる。

「調べるうちに、憧れや欲望、嫉妬や憎悪。人の弱い部分に漬け込んで宝石がその人自身を変えてしまっていた」

言葉を選びながら、続ける。

「このまま進めば——
その人が、その人でいられなくなる」

沈黙。
だが、それは拒絶ではなかった。

「だから、調べました。
表に出ない情報を。
噂を。繋がりを」

そして、はっきりと言う。

「行き着いた先が——蝶の会でした」


サーフェスは、すぐには反応しなかった。
ソファに深く腰掛け、指を組む。

「なるほど」

低く、納得したような声。

「欲望でも、野心でもない。
“止めるため”に来た、か」

仮面の奥で、何かを測るような沈黙が流れる。