第一部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「魔女の雫は、300年前に存在した“黒の魔女セイレーン″の遺した結晶とされています。所有者の願いを一つ叶える代わりに、相応の代償を求める――そう伝えられております」

ざわめきが、今度は期待と渇望に満ちた音へと変わる。

「代償、だと?」
「それでも構わない……」

囁き声が、まるで祈りのように重なっていく。

おかしい。
誰も“本当に願いが叶った例”を聞こうとしない。
誰も“代償の内容”を確認しない。

それなのに――


「皆様そう慌てず、本日皆様が手に入れることができますのは、この魔女の雫ではなく…こちらです」

そう言った司会者が指す先にはガラス製で精巧な作りをしているボトル。そして中身は真っ黒の液体の中にキラキラした金の粉のようなものが浮かんでいる。


「こちらは今お見せしました、魔女の雫を一部粉末状にしこのワインに入れたものになります。
このワインは魔女の秘薬と名付けております。
その名の通り、このワインは飲むと気分が良くなり、最大限に力を引き出せるような効果や寿命が伸びるなどと言われているものになります」


なんて怪しい飲み物なのよ。それなのに周囲にいる人、全く怪しがるどころか歓喜している。
どういうこと?

「それでは100万ルビーから開始です」

猫仮面の声が落ちた瞬間、札が一斉に上がった。

異様な熱気の中で、黒いダイヤが一瞬、こちらを見た気がした。
いや、正確には――こちらの心の奥を覗き込んできた。

――欲しいだろう?


耳元で囁かれたような気がして、思わず息を呑む。

次の瞬間、競りの声が遠のき、頭の中に別の光景が浮かび上がった。
失ったもの、後悔、叶わなかった願い。

「……まずい」

このオークションは、ただの闇市じゃない。
願いを餌に、人の心を喰らう場所だ。

そして魔女の雫は、その中心にある――。