第一部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「正直、兄上がバラの本数で意味が変わると言うことを知っているとも思えないですけどね。
でも、あからさまに指摘してしまったら、『不敬罪だ』と言われてややこしいことになるでしょう」

確かに。数日観察しただけでも、マルク様の性格を考えれば、些細なことでも大袈裟に騒ぎ立てるに違いない。

「なるほど……上手におさめましたね」

ユウリは、思わずティアナお嬢様に感心してしまう。

「本当に、ありがとうございました」
ユリア嬢は深く頭を下げる。

「今後は付き合う人を考えた方がいいですね」

お嬢様はにこやかに微笑む。ユウリも思わずその笑顔に安心し、柔らかい気持ちになる。

ユリア嬢も、ぎこちなくも笑顔を返す。
お嬢様の機転によって、場は柔らかく収まったのだ。


夕方 執事業務が落ち着き、アドルフ当主のもとへ訪れる。

「今日で最終日だったが、気持ちは決まったか?」

ドスの効いた声。私の目を見つめる。
私もしっかりとアドルフ様と目を合わせる。

「はい、ティアナお嬢様の執事として私を雇ってください」

お辞儀する。

「二言はないな」

頭上から落とされる言葉。

「はい。ありません」

力強く返事をした。
アドルフ当主の目が一瞬だけ柔らかくなるのを、ユウリは見逃さなかった。

「よかろう、ティアナに伝えておけ。君の働きぶり、期待しておる」

「かしこまりました」
ユウリは深く頭を下げる。緊張で背筋が張りつめていたが、心は少し軽くなった。

部屋を出ると、まだ夕暮れの柔らかい光が廊下を照らしている。
ティアナお嬢様の笑顔を思い出すだけで、自然と胸が高鳴った。
彼女のそばに仕え、支える――これからの日々を思うと、全身に力がみなぎる。