第一部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

皆がそれぞれの場所へ散っていき、気づけば、その場に残っているのは私とセナだけだった。

風が、まだ熱を帯びた地面を撫でていく。
剣を交えた余韻が、空気の奥に微かに残っている。

「……本当に、行くんですね」

セナがぽつりと呟いた。
止めるためではなく、ただ確かめるように。

「ええ」

短く答えると、セナはわずかに笑った。

「あなたは昔から、決めたら揺れませんでしたね」

そう言いながらも、視線は私に向けられない。
握りしめた彼の手が、ほんの少し震えているのが分かった。

「守れなくなるのが、怖い?」

問いかけると、セナは目を見開き、そして静かに息を吐いた。

「……正直に言えば。
守ることしか、知らなかったので」

胸の奥がきゅっと締めつけられる。
彼はずっと、私の前に立ち続けてきた。
それが正しいと信じて、疑わずに。

「でも」

ようやく、セナは真っ直ぐに私を見る。

「あなたが自分の足で立つ姿を見て……
それを邪魔する資格は、もうありません」

その声は震えていない。
だからこそ、覚悟の重さが痛いほど伝わる。

私は一歩近づいた。

「セナ。あなたは、何も失っていないわ」

驚いたように、彼のまつげが揺れる。

「守る形が変わるだけ。
……それに、私はもう守られるだけの存在じゃない」

一瞬、セナの喉が小さく鳴った。

「……負けましたね。剣でも、言葉でも」

苦笑したその表情は、どこか晴れやかだった。

私は静かに息を吸う。
この瞬間が、彼にとってどれほどの意味を持つのか分かっていたから。

セナはゆっくりと頭を下げ、そして顔を上げる。
その瞳は、もう迷っていなかった。

「――忠誠ではなく、覚悟を捧げます。
あなたと生きる未来のために」

その言葉は、決闘の終わりではなく。

(対等な、始まり)