朝、美佳のスマートフォンに見知らぬ番号からメッセージが来た。
番号非通知ではなかった。ただの、知らない番号だった。
「一度、会えますか」
差出人の名前はなかった。美佳はしばらくその文を見ていた。
朝倉に転送すると、十分後に返事が来た。
「調べます」。さらに二十分後、「久坂さんの番号ではありません。ミオさんでもない。翔に聞いています」。
翔からは「端末の登録情報なし。ただ、この街の中から送られています」と来た。
美佳は少し考えてから、返信した。
「どなたですか」
三分後、返事が来た。
「公民館にいました。一度だけ」
美佳は朝倉と相談して、昼間の人通りのある喫茶店を指定した。
現れたのは四十代の男性だった。グレーの
ジャケットではなく、紺色のカーディガンを着ていた。でも美佳には分かった。
「三枝さんですね」と男性は言った。「顔は覚えています」
「わたしも」と美佳は答えた。
男性は名前を名乗った。田中、という、ごく普通の名前だった。
「来たのは、謝りたかったからです」と田中は言った。「ずっと周りにいました。あなたの。悪いことをするつもりはなかった。でも、気持ち悪かったと思います」
美佳は「はい」と答えた。否定しなかった。
田中は少し目を伏せた。「LAPISが終わった後、自分でも止められなかった。あなたが一番長く迷っていたから、あなたを見ていれば何か分かる気がして」
「分かりましたか」
「分かりませんでした」と田中は言った。
「でも、あなたが普通に歩いているのを見て、自分も歩いていいんだと思えた。それだけです」
美佳はしばらく黙っていた。
「田中さんに聞いていいですか」
「はい」
「『あなたは、正しい』というメッセージを、送りましたか」
田中は少し驚いた顔をして、それから静かに首を振った。「送っていません」
美佳は「そうですか」と言った。
それ以上は聞かなかった。
喫茶店を出て、朝倉と二人で歩きながら、美佳は「正体は分からないままですね」と言った。
「気になりますか」と朝倉が聞いた。
美佳は少し考えた。
「気にならないとは言えません。でも、知らないままでいられる気がします。今は」
朝倉は「それでいいと思います」と言った。
風が少し冷たかった。秋が、もうそこまで来ていた。
その夜、美佳はスマートフォンのメモを開いた。
今度は、一行だけ書いた。
「送った人がいる。それだけは、本当のこと」
閉じた。
それで十分だった。
番号非通知ではなかった。ただの、知らない番号だった。
「一度、会えますか」
差出人の名前はなかった。美佳はしばらくその文を見ていた。
朝倉に転送すると、十分後に返事が来た。
「調べます」。さらに二十分後、「久坂さんの番号ではありません。ミオさんでもない。翔に聞いています」。
翔からは「端末の登録情報なし。ただ、この街の中から送られています」と来た。
美佳は少し考えてから、返信した。
「どなたですか」
三分後、返事が来た。
「公民館にいました。一度だけ」
美佳は朝倉と相談して、昼間の人通りのある喫茶店を指定した。
現れたのは四十代の男性だった。グレーの
ジャケットではなく、紺色のカーディガンを着ていた。でも美佳には分かった。
「三枝さんですね」と男性は言った。「顔は覚えています」
「わたしも」と美佳は答えた。
男性は名前を名乗った。田中、という、ごく普通の名前だった。
「来たのは、謝りたかったからです」と田中は言った。「ずっと周りにいました。あなたの。悪いことをするつもりはなかった。でも、気持ち悪かったと思います」
美佳は「はい」と答えた。否定しなかった。
田中は少し目を伏せた。「LAPISが終わった後、自分でも止められなかった。あなたが一番長く迷っていたから、あなたを見ていれば何か分かる気がして」
「分かりましたか」
「分かりませんでした」と田中は言った。
「でも、あなたが普通に歩いているのを見て、自分も歩いていいんだと思えた。それだけです」
美佳はしばらく黙っていた。
「田中さんに聞いていいですか」
「はい」
「『あなたは、正しい』というメッセージを、送りましたか」
田中は少し驚いた顔をして、それから静かに首を振った。「送っていません」
美佳は「そうですか」と言った。
それ以上は聞かなかった。
喫茶店を出て、朝倉と二人で歩きながら、美佳は「正体は分からないままですね」と言った。
「気になりますか」と朝倉が聞いた。
美佳は少し考えた。
「気にならないとは言えません。でも、知らないままでいられる気がします。今は」
朝倉は「それでいいと思います」と言った。
風が少し冷たかった。秋が、もうそこまで来ていた。
その夜、美佳はスマートフォンのメモを開いた。
今度は、一行だけ書いた。
「送った人がいる。それだけは、本当のこと」
閉じた。
それで十分だった。



