朝、目が覚めたとき、美佳はしばらく天井を見ていた。
特に何も考えていなかった。ただ、天井があった。白くて、少しひびが入っていて、今日も同じ場所にあった。
スマートフォンを手に取ると、翔からのメッセージがあった。
「今日もゼロです。おはようございます」
それだけだった。美佳は「おはようございます」と返した。
カフェに出勤すると、開店前の準備をしながら、マスターが珈琲を一杯淹れてくれた。
「顔色がいい」とマスターは言った。
「そうですか」と美佳は答えた。
「最近ずっとそう。何かあったわけじゃないけど、というときの顔をしている」
美佳は少し考えてから、「終わったんだと思います、何かが」と言った。
マスターは特に問い返さず、「そうか」とだけ言って、自分の珈琲を飲んだ。
昼過ぎ、ユリが来た。
いつものカウンター席に座り、ホットコーヒーを頼んだ。ノートは持っていなかった。ただ、窓の外をぼんやり見ていた。
美佳がカップを置くと、ユリが「頭が静かだと、何を考えればいいか分からなくなる時がある」と言った。
「うん」と美佳は答えた。「それ、悪いことじゃないと思います」
「分かってはいるんですけど」
「分かっていても、落ち着かないことはありますよ」
ユリは少し笑った。声は出なかったけれど、目の端が少し緩んだ。
夕方、彩音からメッセージが来た。
「@LAPIS_echo、少し形を変えて、続けることにしました。週一回だけ、問いを一つ投稿します。押しつけない。ただ、そこに置いておく形で」
美佳は「それでいいと思います」と返した。
少し間があって、彩音からまた一行来た。
「最初に美佳さんに声をかけた日のこと、時々思い出しています」
美佳は「わたしも」と返した。
それは本当のことだった。
閉店後、朝倉が迎えに来た。
どこかへ行く約束をしていたわけではなかった。ただ、「帰る方向が同じなので」と朝倉は言い、美佳もそれを当然のように受け取った。
川沿いを歩いた。昨日と同じ道だった。
「翔が」と朝倉が言った。「廃施設をそのまま使いたいと言い出した。サーバーの監視は続けるとして、あそこで何か別のことをしたいらしい」
「何かって」
「まだ分からないみたいです。本人も」
美佳は少し考えた。「翔さんが分からないなら、しばらく分からないままでいいと思います」
朝倉が小さく笑った。
風が川の方から来て、美佳の髪を少し動かした。
家に帰ると、有栖川からメッセージがあった。
「ミオさんが、今日初めて自分で料理をしたそうです。味噌汁だったと言っていました」
美佳はしばらくその文を見ていた。
味噌汁。
それだけのことが、今日のことだった。
美佳は「ありがとうございます、教えてくれて」と返した。
夜、布団に入る前に、美佳はスマートフォンのメモを開いた。
何かを書こうとしたわけではなかった。ただ、開いた。
カーソルが点滅していた。
美佳は何も書かずに閉じた。
今日のことは、今日のものだった。それで、十分だった。
特に何も考えていなかった。ただ、天井があった。白くて、少しひびが入っていて、今日も同じ場所にあった。
スマートフォンを手に取ると、翔からのメッセージがあった。
「今日もゼロです。おはようございます」
それだけだった。美佳は「おはようございます」と返した。
カフェに出勤すると、開店前の準備をしながら、マスターが珈琲を一杯淹れてくれた。
「顔色がいい」とマスターは言った。
「そうですか」と美佳は答えた。
「最近ずっとそう。何かあったわけじゃないけど、というときの顔をしている」
美佳は少し考えてから、「終わったんだと思います、何かが」と言った。
マスターは特に問い返さず、「そうか」とだけ言って、自分の珈琲を飲んだ。
昼過ぎ、ユリが来た。
いつものカウンター席に座り、ホットコーヒーを頼んだ。ノートは持っていなかった。ただ、窓の外をぼんやり見ていた。
美佳がカップを置くと、ユリが「頭が静かだと、何を考えればいいか分からなくなる時がある」と言った。
「うん」と美佳は答えた。「それ、悪いことじゃないと思います」
「分かってはいるんですけど」
「分かっていても、落ち着かないことはありますよ」
ユリは少し笑った。声は出なかったけれど、目の端が少し緩んだ。
夕方、彩音からメッセージが来た。
「@LAPIS_echo、少し形を変えて、続けることにしました。週一回だけ、問いを一つ投稿します。押しつけない。ただ、そこに置いておく形で」
美佳は「それでいいと思います」と返した。
少し間があって、彩音からまた一行来た。
「最初に美佳さんに声をかけた日のこと、時々思い出しています」
美佳は「わたしも」と返した。
それは本当のことだった。
閉店後、朝倉が迎えに来た。
どこかへ行く約束をしていたわけではなかった。ただ、「帰る方向が同じなので」と朝倉は言い、美佳もそれを当然のように受け取った。
川沿いを歩いた。昨日と同じ道だった。
「翔が」と朝倉が言った。「廃施設をそのまま使いたいと言い出した。サーバーの監視は続けるとして、あそこで何か別のことをしたいらしい」
「何かって」
「まだ分からないみたいです。本人も」
美佳は少し考えた。「翔さんが分からないなら、しばらく分からないままでいいと思います」
朝倉が小さく笑った。
風が川の方から来て、美佳の髪を少し動かした。
家に帰ると、有栖川からメッセージがあった。
「ミオさんが、今日初めて自分で料理をしたそうです。味噌汁だったと言っていました」
美佳はしばらくその文を見ていた。
味噌汁。
それだけのことが、今日のことだった。
美佳は「ありがとうございます、教えてくれて」と返した。
夜、布団に入る前に、美佳はスマートフォンのメモを開いた。
何かを書こうとしたわけではなかった。ただ、開いた。
カーソルが点滅していた。
美佳は何も書かずに閉じた。
今日のことは、今日のものだった。それで、十分だった。



