「きゃあっ!」
その拍子に、ミリーネの研がれたばかりの鋭い爪がフィリーネの頬を引っ掻く。熱と痛みが走ったので指で触ってみたところ、血が出ていた。
「おまえが大人しく渡さないからそうなるのよ」
ミリーネは床の上で尻もちをついているフィリーネを見下ろしながら言った。
「今から私がフィリーネよ。この指輪は使用人風情が持っていて良いものじゃないわ。宝の持ち腐れもいいところよ」
ミリーネは自信の左手薬指にピンクスピネルの指輪をはめる。
大粒のピンクスピネルを眺める瞳はうっとりとしていた。
一頻り指輪を眺めたミリーネは、最後に床に座り込んでいるフィリーネを一瞥する。
「おまえに代わって私があの美青年の隣に立ってあげる。丁度ここからだとさっきのバルコニーが見えるわ。指を咥えて見てなさい」
ミリーネはテーブルの上に置いていた刃物を懐にしまいながら話を続ける。
「舞踏会が終わったらアバロンドの屋敷に帰るわよ。おまえにはこれまでどおり、召し使いとして身を粉にして働いてもらうんだから」
言い終えたミリーネは出口付近にかけられていた鍵を手にする。そして、廊下に出ると扉を閉めた。
外からガチャリという音が聞こえてくる。どうやら外から施錠されてしまったらしい。
急いで扉に近づいて、フィリーネはドアノブを回してみる。
扉を開けようとしたがびくともしなかった。
「お姉様、ここを開けてください! お姉様!!」
シドリウスを好きだという気持ちは誰にも負けない。
食べられる役目も自分だけのものだ。他の人に譲る気はない。
ミリーネにはただの気まぐれで生贄の花嫁になって欲しくなかった。
「誰か、誰かいらっしゃいませんか? 閉じ込められています。助けてください!!」
フィリーネは何度も強く扉を叩く。しかし、助けを求める声は誰の耳にも届かなかった。



