さよならを言わなかった恋

夕焼けの光が、校舎の影を長く伸ばしていた。
三人の間に、風の音だけが通り抜ける。
颯真は数歩こちらへ近づいた。
その視線は、私ではなく湊に向いている。
「……結月、帰るぞ」
静かな声だった。
「まだ話が」
思わず言うと、颯真は少しだけ笑った。
「分かってる。でも、もう十分だろ」
優しい言い方なのに、どこか決意があった。
湊が一歩前に出る。
「まだ、答え聞いてない」
空気が張り詰める。
私は二人を見比べる。
胸が苦しい。
どちらも、真剣で。
どちらも、私を見ている。
「……今、答え出せない」
やっとのことで言葉を絞り出す。
「すぐに決められることじゃない」
颯真は黙って聞いている。
湊も何も言わない。
「私、まだ分かってない」
視線が揺れる。
「昔の気持ちなのか、今の気持ちなのか……」
声が震える。
「湊のこと、忘れたと思ってた。
でも会ったら、全然終わってなかった」
胸を押さえる。
「でも、颯真といる時間も……大事で」
言葉にすると、余計に苦しくなる。
颯真が小さく息を吐いた。
「……だよな」
怒った様子はなかった。
むしろ、少し寂しそうに笑う。
「分かってた」
私を見る。
「結月が簡単に割り切れるタイプじゃないの」
何も言えない。
「たださ」
一歩近づく。
「俺は、過去の代わりにはなりたくない」
その言葉が胸に刺さる。
「俺を選ぶなら、“今”で選んでほしい」
静かな声だった。
「湊と比べて、とかじゃなくて」
湊は何も口を挟まない。
ただ、私を見ている。
逃げ場がない。
「……ずるいよ」
涙がこぼれる。
「どっちも、ちゃんと大事なのに」
颯真が少し驚いた顔をする。
「それでも選ばなきゃいけないの?」
湊が静かに言った。
「選ばなくていい」
顔を上げる。
「え?」
「無理に今、答え出さなくていい」
夕焼けの光が、湊の横顔を照らす。
「俺、またいなくなるかもしれないし」
胸が痛む。
「結月の時間を止めたくない」
優しい声だった。
その優しさが、余計に苦しい。
「でも」
湊は続ける。
「もし、少しでも俺を選びたいって思うなら」
少しだけ笑った。
「最後まで、逃げない」
颯真が目を伏せる。
「……ほんと、敵わねぇな」
小さく呟いた。
三人の沈黙。
空はもう、夕焼けから夜へ変わり始めていた。
私は何も答えられないまま立っている。
分かっている。
どちらかを選べば、
どちらかを失う。
そしてきっと――
選んだ方さえ、ずっと手に入るわけじゃない。
それでも時間は進む。
春の風が吹いた。
その風の中で、私は初めて思った。
この恋は、
“叶えるため”じゃなく、
“手放すため”に始まったのかもしれないと。