さよならを言わなかった恋

電話を切ったあとも、しばらくスマホを握ったまま動けなかった。
部屋は静かで、さっきまで耳にあった声だけが残っている。
画面は暗いのに、湊の言葉が消えない。
――好きだった。
過去形なのに、今の私を揺らすには十分すぎた。
ベッドに倒れ込む。
天井を見つめると、涙が勝手にこぼれる。
もし、あのとき聞いていたら。
もし、転校しなかったら。
そんな“もし”ばかりが浮かんで、眠れなかった。
翌朝。
寝不足のまま教室に入ると、颯真がすぐ気づいた。
「結月、顔やばいぞ」
「やばくない」
席に座りながら答える。
「絶対寝てないだろ」
机に肘をつき、覗き込んでくる。
目を逸らした瞬間、視界の端に湊が入った。
窓際の後ろの席。
いつも通り、静かに座っている。
――昨日、あんな話をしたのに。
普通に同じ教室にいることが信じられない。
「……なんかあった?」
颯真の声が少し低くなる。
「別に」
「嘘」
即答だった。
逃げるように教科書を開く。
でも文字が頭に入らない。
チャイムが鳴る直前、ふいに視線が合った。
湊と。
一瞬だけ、時間が止まる。
昨夜の記憶が一気に蘇る。
すぐに目を逸らした。
心臓が早すぎる。
授業中も、ノートを取りながら手が震えていた。
昼休み。
私は屋上前の階段に逃げていた。
ここは人が少なくて、少しだけ落ち着く。
座っていると、足音が聞こえた。
「……やっぱりここか」
振り向くと、颯真だった。
「探した」
「なんで分かるの」
「結月、考え込むと人の少ないとこ行くから」
隣に座る。
しばらく沈黙が続く。
そして、颯真が静かに言った。
「昨日、湊と話した?」
心臓が跳ねる。
「……なんで」
「朝の顔見れば分かる」
図星だった。
颯真は前を向いたまま続ける。
「聞かない方がいいって分かってるけど」
少しだけ声が震える。
「まだ、あいつのこと好き?」
答えられない。
だって、私自身も分かっていない。
過去の気持ちなのか、
今の気持ちなのか、
ただ“終わっていない”だけなのか。
沈黙が答えになってしまう。
颯真は小さく笑った。
でも、目は笑っていなかった。
「そっか」
立ち上がる。
「ごめん、困らせたな」
「颯真……」
呼び止めると、少しだけ振り向いた。
「俺、待つの得意じゃないんだ」
静かな声だった。
「でも、結月がちゃんと決めるまで待つ」
胸が痛む。
「たださ」
一歩だけ近づく。
「過去に負けるのだけは、悔しい」
その言葉を残して、階段を下りていった。
一人になる。
胸が苦しい。
湊と話せば、昔が近づく。
颯真と話せば、今が痛む。
どちらも大事で、
どちらも選べない。
春の光が階段の窓から差し込んでいた。
暖かいはずなのに、
どうしてこんなに、心が冷えるのだろう。
――再会は、
止まっていた恋を優しく動かすんじゃなかった。
ただ、
“選ばなければいけない時間”を、連れてきただけだった。