放課後の体育館は、日によって音の重さが違う。
この日はなぜか、ボールの音が胸に響いた。
女子バスケ部の練習はいつも通りなのに、集中しきれない自分がいる。
「結月、今日はパス遅いよ」
先輩の声に、はっとする。
「すみません」
返事をしながら、心の中で自分を叱った。
――ちゃんとしなきゃ。
湊が戻ってきたからって、
颯真が気づいているからって、
部活まで疎かにするわけにはいかない。
練習が終わった頃には、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。
タオルで汗を拭きながら、体育館の外に出る。
そのときだった。
「結月」
聞き慣れた声。
振り向くと、颯真が立っていた。
部活終わりのジャージ姿で、少しだけ疲れた顔をしている。
「どうしたの?」
「一緒に帰ろうと思って」
一瞬、言葉に詰まる。
「……今日も?」
「何その言い方」
苦笑しながら、隣に並ぶ。
校門へ向かう道。
二人で歩くのは、もう当たり前みたいになっていた。
でも今日は、沈黙が長い。
「さ」
颯真が口を開いた。
「湊ってさ、中学のときの人だよな」
足が止まりそうになるのを、必死でこらえる。
「……うん」
「好きだった?」
直球だった。
心臓が一気に速くなる。
「……分かんない」
嘘ではなかった。
でも、本当でもなかった。
颯真は前を見たまま続ける。
「俺さ、結月があいつ見る目、嫌いじゃない」
驚いて顔を見る。
「嫌いじゃない、って?」
「大事なもの見てる目」
胸が痛くなる。
「でも」
颯真は一度言葉を切った。
「今の結月が、あいつの過去に連れてかれるのは嫌だ」
その言葉が、深く刺さった。
何も言い返せない。
颯真は私を責めるような顔はしていなかった。
ただ、真剣だった。
「……俺、結月の今が好きだから」
その一言で、喉がきゅっと締まる。
「だから、ちゃんと見ててほしい」
颯真はそう言って、先に歩き出した。
私はその背中を見ながら、立ち尽くす。
――今。
その言葉が、胸の中で何度も反響した。
家に帰っても、落ち着かなかった。
ベッドに横になって、天井を見る。
スマホを手に取る。
連絡先の一覧。
湊の名前は、ずっと消せずに残っていた。
でも、メッセージを送ったことは一度もない。
“元気?”
それだけでいいはずなのに、送れない。
送ってしまったら、
何かを期待してしまうから。
そのとき、スマホが震えた。
画面に表示された名前に、息が止まる。
――湊。
恐る恐る開く。
『急にごめん
少しだけ、話せる?』
短い文章。
でも、重い。
しばらく画面を見つめて、指が動かない。
颯真の言葉がよぎる。
“今の結月を、見ててほしい”
でも。
“ちゃんと、さよなら言えなかった”
湊の声も、重なる。
私は、ゆっくりと文字を打った。
『……少しなら』
送信した瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。
分かっていた。
この一歩は、
過去にも、今にも、
どちらにも戻れなくなる一歩だということを。
それでも。
画面に表示された「既読」の文字を見て、
私は目を閉じた。
――言えない理由が増えるほど、
この恋は、終われなくなっていく。
この日はなぜか、ボールの音が胸に響いた。
女子バスケ部の練習はいつも通りなのに、集中しきれない自分がいる。
「結月、今日はパス遅いよ」
先輩の声に、はっとする。
「すみません」
返事をしながら、心の中で自分を叱った。
――ちゃんとしなきゃ。
湊が戻ってきたからって、
颯真が気づいているからって、
部活まで疎かにするわけにはいかない。
練習が終わった頃には、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。
タオルで汗を拭きながら、体育館の外に出る。
そのときだった。
「結月」
聞き慣れた声。
振り向くと、颯真が立っていた。
部活終わりのジャージ姿で、少しだけ疲れた顔をしている。
「どうしたの?」
「一緒に帰ろうと思って」
一瞬、言葉に詰まる。
「……今日も?」
「何その言い方」
苦笑しながら、隣に並ぶ。
校門へ向かう道。
二人で歩くのは、もう当たり前みたいになっていた。
でも今日は、沈黙が長い。
「さ」
颯真が口を開いた。
「湊ってさ、中学のときの人だよな」
足が止まりそうになるのを、必死でこらえる。
「……うん」
「好きだった?」
直球だった。
心臓が一気に速くなる。
「……分かんない」
嘘ではなかった。
でも、本当でもなかった。
颯真は前を見たまま続ける。
「俺さ、結月があいつ見る目、嫌いじゃない」
驚いて顔を見る。
「嫌いじゃない、って?」
「大事なもの見てる目」
胸が痛くなる。
「でも」
颯真は一度言葉を切った。
「今の結月が、あいつの過去に連れてかれるのは嫌だ」
その言葉が、深く刺さった。
何も言い返せない。
颯真は私を責めるような顔はしていなかった。
ただ、真剣だった。
「……俺、結月の今が好きだから」
その一言で、喉がきゅっと締まる。
「だから、ちゃんと見ててほしい」
颯真はそう言って、先に歩き出した。
私はその背中を見ながら、立ち尽くす。
――今。
その言葉が、胸の中で何度も反響した。
家に帰っても、落ち着かなかった。
ベッドに横になって、天井を見る。
スマホを手に取る。
連絡先の一覧。
湊の名前は、ずっと消せずに残っていた。
でも、メッセージを送ったことは一度もない。
“元気?”
それだけでいいはずなのに、送れない。
送ってしまったら、
何かを期待してしまうから。
そのとき、スマホが震えた。
画面に表示された名前に、息が止まる。
――湊。
恐る恐る開く。
『急にごめん
少しだけ、話せる?』
短い文章。
でも、重い。
しばらく画面を見つめて、指が動かない。
颯真の言葉がよぎる。
“今の結月を、見ててほしい”
でも。
“ちゃんと、さよなら言えなかった”
湊の声も、重なる。
私は、ゆっくりと文字を打った。
『……少しなら』
送信した瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。
分かっていた。
この一歩は、
過去にも、今にも、
どちらにも戻れなくなる一歩だということを。
それでも。
画面に表示された「既読」の文字を見て、
私は目を閉じた。
――言えない理由が増えるほど、
この恋は、終われなくなっていく。



