さよならを言わなかった恋

四月の風は、去年より少しだけ優しかった。
校門の桜は満開で、花びらがゆっくりと落ちてくる。
制服の袖に一枚、ひらりと乗った。
私はそれを指でつまんで、そっと空に返す。
「結月、もう行くぞ」
後ろから声がする。
振り向くと、少し大人びた顔の颯真が立っていた。
去年より背が高くなった気がする。……たぶん、気のせいじゃない。
「うん、今行く」
並んで歩き出す。
同じ帰り道。
でも、去年とは違う。
あの日、校門で泣いた場所を通る。
思い出さないわけじゃない。
だけど、胸が締めつけられる痛みは、もうなかった。
ただ、あたたかい。
「……もうすぐだな、受験」
颯真が言う。
「うん」
少し緊張したように笑うと、颯真も小さく笑った。
「俺さ、結月がちゃんと前向いてるの、安心した」
足が止まりそうになる。
「……待たせたね」
「待ってない」
即答だった。
「待つって、止まることじゃないだろ。
俺は俺で進んでたし、結月も進んでた。それでいい」
少しだけ、胸が熱くなる。
春の風が吹く。
桜が舞う。
――あの春のことを、私はもう“過去”として話せる。
忘れたわけじゃない。
忘れることなんて、きっと一生ない。
帰ってから、机の引き出しを開ける。
奥に、古い定期入れが入っている。
中には、あの日もらった小さなメモ。
『元気でいろよ』
短い、たったそれだけの文字。
私はそっと笑う。
「……うん、元気だよ」
窓を開ける。
春の風が部屋に入ってくる。
もう、追いかけなくていい。
もう、止まらなくていい。
あの恋は終わったんじゃない。
私の中に、ちゃんと居場所を見つけただけ。
そして私は、前を見る。
「颯真、待って」
外に出ると、颯真が振り返る。
夕日が差して、少し眩しい。
私は一歩、近づいた。
――今度は、過去じゃない。
「ねえ、帰ろ」
颯真が少し驚いた顔をして、すぐに笑う。
「おう」
並んで歩き出す。
春の空は高くて、青かった。
今度の春は、
ちゃんと“続き”じゃない。
私の、これからだった。